さよならの予感

システムソフトエディタ

 システムソフトからリリースされているエディタだから、「システムソフトエディタ」。とてつもなくシンプルでわかりやすいネーミングでしょう? 社名を略すとただのエディタとの区別がつかなくなるので、常にフルネームで呼ばなければならないところが困りもの。でも、それ以上に、僕の手元にあるバージョン2.1.2がラストバージョンであるという、そのことに僕は困ってしまう。

 もう、今のこの時をすぎれば、後は別れしかない運命にある哀しいソフト。それが、システムソフトエディタです。

システムソフトエディタとの出会い

 僕とシステムソフトエディタとの出会いは、大学の三回生の時分にまでさかのぼります。

 これから始まる文書大量作成生活を目前として、長く沢山の文書を効率よく構成し、編集できるソフトを、僕は探していました。それこそ、文章を書くことしか頭に無かったので、レイアウトや文字装飾なんてわずらわしいばかりに思え、ストイックに文書編集のみに特化されたソフトを求めたのです。プラットフォームはMacintosh。商用ソフトを見渡せば、このシステムソフトエディタくらいしかないというのが実情でした。

 当時DOSユーザーの間では、文書編集やプログラム作成用のソフトとして、必要な機能のみに限定された、軽く強力なスクリーンエディタが好まれていました。残念ながら、DOSとは違いMacintoshには純粋なスクリーンエディタは存在しないのですが、それでも、当時システムソフトエディタは非常に魅力的なものと映ったのです。それは、システムソフトエディタの備える諸機能のためだったといえるでしょう。

システムソフトエディタの誇る機能の数々

 システムソフトエディタには、他のソフトにはない機能が、いくつも用意されていたのでした。システムがそれを備える以前に、文書のドラッグ&ドロップによる編集も、可能としていたのではないでしょうか。いや、でも僕を魅了した機能は、そのような他のソフトも備える機能ではありません。

推敲補助機能

 最近では、マイクロソフトのワードなんかが、この機能を持っていますね。作成した文書にある間違いを、指摘、チェックしてくれる機能がこれ、推敲補助機能です。

 チェック項目は、多岐にわたります。括弧の対応や誤字脱字、漢字種別(学年別漢字配当表もサポート!)といった機械的機能だけにとどまらず、強調表現を抜き出し、句の連結のあいまいな箇所も見つけてくれ、さらにはくどい文と指摘までする。すべての項目をチェックすると、ほぼ全段落が問題ありとされてしまうという、恐るべき機能です。

 この機能は、急いでいるときなんかにはとかく忘れがちになる、文章をきっちり読み直すという基本的なことを、改めて意識させるために用意されたものと聞いています。なので、この細かにチェックされるのは、本来文書作成者が行うべきことを、少しだけ機械が代行してくれているという、それだけにすぎないのです。

 チェック項目と、チェックされる誤りの例については、マニュアルにしっかりと記載されています。例えば、あいまいな句の連結というのは、逆接でも順接でもありうる接続助詞の「が」を指摘します。くどい文というのは、ひとつの文章中に係助詞の「は」が複数出た場合に、それを指摘します。

 この、チェックのルールを意識することによって、システムソフトエディタ以前と以後の、僕の文章は大きく変わりました。

 推敲補助機能が、文書をチェックし、誤りやあいまいさの可能性を指摘します。このソフトがするのはそこまでで、それを選択し、決定するのは、あくまでも文書作成者なのです。まったく意識せずに行われることと、意識して行うことが同じであるはずがありません。こうして、僕は推敲補助を受けるまでもなく、自分で意識的に文書を見る癖をつけていったのです。まったく、このソフトに文書の書き方を習ったのだと、いわずにはおれない僕なのです。

電子辞典ビューア

 システムソフトエディタに同梱されている、電子辞典ビューア。この存在も、僕には大きかった。このソフトを買うかどうかを分けたのは、この辞典ビューアであったといっても過言ではないでしょう。

 辞典ビューアとはいいますが、ビューアだけではなく、辞書もちゃんとついています。『岩波国語辞典第五版』と『小学館類語例解辞典』、これに加えて、僕は『広辞苑第四版』CD-ROMバンドル版を購入していたのでした。辞典ビューアは、EPWING規格のCD-ROMを読むことができるのです。

 この辞典ビューアは単体でも起動できるので、実に僕はこれをよく利用しています。システムソフトエディタで文章を書くときはもちろん、ちょっと言葉を調べたい、探したいと思ったときすぐ使えるよう、ファンクションキーに登録してあるくらいです。特に愛用しているのは広辞苑ですが、類語辞典の存在は大きいです。冊子体のもの以上に、使えるものに仕上がっているのですから。

 しかし、この辞典ビューアは、システムソフトエディタから立ち上げるのが一番便利。文書中の単語を選択状態にしたら、Command-Dでビューアにその語句を送って調べることができるのです。正直この機能に慣れているため、いちいちコピーしたり打ち込んだりしたりが、面倒に感じられてなりません。

その他の機能

 その他の機能としては、複数の語を検索対象として、すべてをひとつの語に置き換え可能な、マルチ置換機能であるとか、削除箇所に二重線を引き、挿入箇所に下線を引いてくれる修正記録など。文書を練り上げるのに便利な機能は沢山あります。特に修正記録は、とりあえず気になったところを修正するだけしておいて、判断は後にまわすといったことが可能になる。長文を編集するときには、非常にありがたい機能でした。

 あと、終了時に開いていたファイルを、次回起動時に、またおんなじように開いてくれる機能も、非常に便利でした。これは、長文をかかなくなった今でも助かっています。

システムソフトエディタの問題点

 ソフトのいい点ばかりをいってきましたが、決していいことばかりではなかったのもシステムソフトエディタです。それこそ、問題点は山とありました。正直、解決したくてもできない問題を、自分から慣れるというやり方で、誤魔化し続けてきたところも多々あります。

挙動の非Macintoshらしさ

 Macintoshのテキスト編集機能には、おおむねすべてのソフトに通ずる作法というのがあります。シフトキーを押しながらのテキスト選択、カーソルキーでの挙動。これらが、よくいえば個性的、悪くいえば、非常に納得いかないものだったのです。

 シフトキーを押しながらカーソルキーを使うと、テキストを選択状態にできます。選択したい範囲をオーバーしたら、逆方向にカーソルキーを入れますよね。そうすると、普通なら選択範囲が一文字分減るのが普通だろうのに、このソフトは、反対側に伸びるんです。カーソル操作をやめないかぎり、延々選択範囲は大きくなっていきます。このへんは、非常に納得がいかないのです。

 他にもいろいろあります。Macintosh用のエディタ、ワープロの類いでは、カーソル下を押し続けると、文書の最終端にキャレットが移動してくれるのですが、このソフトには、この常識が通用しません。

 これらには、泣かされましたね、泣かされましたよ。

カスタマイズの中途半端

 主にキー操作に関して、カスタマイズができます。ページアップやページダウンといったものに、キーバインドを設定してやることができるわけです。が、これが中途半端。設定できる挙動が、少なすぎるのです。

 僕は、ダイアモンドカーソルというのを、文書作成時に利用しています。Controlキーを押下しながら、s, d, e, xキーを使って、カーソルを移動させるというものです。これが使えると、ホームポジションから手を動かす必要がなくなるので、文書作成効率が格段にあがるのです。

 昔の、この機能を利用していなかったときは問題がなかったのです。それに、その時使っていたMacintoshのキーボードは、カーソルキーが非常にホームポジションに近い位置にありました。ですが、今この機能を多用するようになると、正直使いにくく感じてしまいます。

 僕はキー入力、キーボードの触感に、病的に気を使っている男です。なので、このあたりは、不満に思うところの筆頭です。

とにかく重い重い

 一体なにが原因なのか分かりませんが、このソフト、なにをするにも重くてしようがありませんでした。今はマシンのパワーがあがったので、さほど問題には思わなくなったものの、かつてのLC630で論文を作成していたときは、とにかくこの重さに泣かされっぱなしでした。

 ある程度文書の量が増えてくると、スクロールが劇的に遅くなります。特に、スクリーンに文字が沢山表示されていると、その傾向も極め付け。なので、できるだけこまめに、文章をスクリーンから追いだすように、スクロールしてやる必要があるのです。しかしそれでもまだ重かったので、表示を白黒二値にまで落として、ようやく使えるようになった……

 いや、とにかく重かったというのが、このソフトの印象ですよ。

システムソフトエディタ、さよならの予感

 このように愛憎相半ばするシステムソフトエディタですが、ひときわ愛着があるのもまた事実なのです。僕はこのソフトをバージョン2.0から使い続けています。つまり、もう足掛け七年使っているといってよいでしょう。2.1にマイナーバージョンアップして、OS9で使えるよう、パッチをあてて2.1.2なのです。これがラストバージョン。つまり、System7用ソフトとして生まれて、それ以降真っ当のバージョンアップがされたことはないのでした。

 今、Macintoshを取り巻く環境は、大きく様変わりしようとしています。OSが、旧来の流れを汲む9を最後に、UNIX色を濃くする0S Xに置き替わっていきます。OS X上では、旧来のアプリケーションは走りません。特別に用意された、Classicと呼ばれる環境上でしか、今までのアプリは使えないのです。

 システムソフトエディタは、2001年の三月末日で販売終了され、九月末日にはサポートも打ち切られました。今後、新たな環境下で不具合が生じたとしても、それを誤魔化してやることももうできません。

 なので、僕は新たな環境を模索しています。文書の作成は、フリーウェアでありながら高機能さ、使いやすさに定評のあるmiに移っていくことでしょう。電子辞典ビューアに代わるものは、まだ見つけていません。もしかしたら、EGBRIDGEの電子辞書パレットが、その後継となるのかも知れません。

 でも、僕がOS Xに移行するのはまだ先の話。だから、その時までは、システムソフトエディタを使い続けます。このソフトは、ともに論文という強敵に立ち向かった、同志です。用がなくなったからといって、将来性がないからといって、簡単に切るなんてことは、僕にはできそうにもないのです……


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公開日:2002.02.10
最終更新日:2002.02.10
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