昔風の文体で

 「ほら、またこれよ」と見せられた貸出カードは、今朝方話題に上ったものに同じだった。「これで三件目」という口には、返却の期限を一日過ぎていることへの幾許かの非難が混ぜられており、自分は朝と同じく、そのカードの名前の主に代わって、弁明してやらないわけにはいかなかった。

 「珍しいですね。この人は、大抵期限をきっちり守る人なんですが。たとい期限を過ぎたとしても、その翌日くらいには決まって返しに来るのがおおかただから、今日か遅くとも明日には返ってくるものと思います」

 「知っている人」と聞かれ、
 「ええ、よく知っていますよ。大層真面目で、こういうことはめったにない人です。だからもしかしたら、何か事情があるのかも知れません」と僕が無責任にも自信たっぷりに念押ししたもんだからか、
 「そうなら、もう少し待ってみましょう」とうまく話がまとまって見え、しばし僕はカードの主をうまく守り得たことに勝手な満足を抱いた。しかし束の間、
 「けれども、これだけ借りたい人がいるものが、一冊切りしかないというのも困るわねえ」と立ち消えると思った話が思わぬ方向にそれて、少し意外な心持に打たれたが、反面むしろ自分の得意のほうに流れたことで、内心ほっと安心した。

 「沢山の利用者があるような資料は、複本といって、同じものを何冊も入れることももちろんあります。ほら書架を見れば、同じ番号に違えたアルファベットを付けたものが、ずらりと並んでいることもあるでしょう」といえば、
 「でもだったら、どうしてこれは一冊だけなの。全集の一冊だから、増やせないのかしら」
 「いや全集中の一冊でも、ものによっては、五冊六冊と所蔵されているものもありますよ」と書庫に入り、ちょうどそういうものを指し示せば、件の話し相手は一端の納得をして見せたものの、実はまだ満足するまでにはいたってなかったと見えて、
 「だったらどうして」とまだ首をかしげていた。


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公開日:2002.04.11
最終更新日:2002.04.12
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