パ・ド・ドゥー

 部屋の中で彼女はばらばらに千切れてしまっていた。私は彼女を拾い集めては元通りに復元しようと、骨片や肉片、皮膚、血管組織を選り分け、順々に並べ繋ぎあわせていった。彼女はこのところ精神的に安定しておらず、自暴自棄に自分を扱うところが見えて私は静かに心配していた。もっとはやく助けの手を差し伸べればよかったのだろうが私にそれは許されておらず、結局こんなことになってしまった。

 苦心して並べ終えた彼女の皮膚はかさかさに乾いて、さながらミイラのようなどす黒い色をしていた。粉々になった骨にのせられた肉はちょっとのことでぐらぐらと揺れて、私ははやく彼女が元気にならないかと彼女の足下にぽつねんとして、彼女の寝顔をただ見詰めていた。眠っている彼女の顔はどこか苦しそうにゆがんでいて、外には出さない内面の苦悩がわずかに読み取れた。

 痩せこけて骨と皮ばかりになった手をとり、足取りおぼつかない彼女を支えてふたりで市井を歩いた。拒食症に陥っていると聞いていた。娘らしい丸みを失った彼女の横顔に残る端正な面影を見て、私は彼女を好きであると自覚せずにいられなかった。なんとか助けたいと思い、ずっと彼女に付き添っていたいと願った。以前から彼女が気になっていた私は、彼女を見かける度、見るでもなくしかし目は彼女を追っていた。彼女は私に無関心だった。口惜しく思ったものだったが、役目とはいえこうして彼女とともに歩くことが許されるとは。不謹慎にも私は思わないではいられなかった。彼女を、誰にはばかる必要もなく助けることができるのである。私はこの役目に自分がつくことのできた仕合せを喜びつつ、彼女が恢復すれば元通りお役御免になることを怖れた。

 彼女と並んで歩き私はできるかぎり話し掛けするよう努めた。なんでもないことばかりである。はじめは返事ひとつなく、あたかも独り言するようであったが、しばらくすればところどころうなづくようになり、最近では淡々とした語り口で内面で起こっていることごとを話してくれるまでになった。その頃からである。彼女のか細かった手足に肉がつきはじめた。顔立ちも少しふっくらとして、この年頃の娘の華やかさが取り戻されていくようだった。私は彼女の隣で彼女の匂いをかいだ。彼女はよい匂いがする。かすかなものだったが、甘く酔う匂いである。病院でよく出会う匂いだったかもしれない。

 私は彼女を深く愛している。彼女の無感情に語られるひとつひとつに共感できた。彼女の朴訥とした仕草の端々に、ささやかに感情表現がなされていることを知った。かすかな表情の揺れに、彼女の思いがあふれることを知った。彼女の切り揃えられた黒髪が揺れる。その後ろ姿に彼女の内面の嵐を感じ、そっと触れることでわずかずつ凪ぐと知った。

 私は彼女に愛していることを告げた。彼女はその言葉を受け、同じく抑揚なく肯んじた。私は仕合せだった。彼女も仕合せだと言った。ふたりして歩き、このままどこに寄る辺もなく永遠に歩き続けていたいと願った。

 不可能だと分かっていながらふたりは願ったのである。


日々思うことなど 2003年へ トップページに戻る

公開日:2003.03.30
最終更新日:2003.03.31
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。