ぎざ十

 知らないうちに財布にぎざぎざのある十円玉が入っていて、特にそれが惜しいと思ったわけでもないのだがいまだに使われることなく残っている。いわゆるぎざ十と呼ばれるものだ。

 ぎざ十というのはへりにぎざぎざを持つ十円青銅貨のことで、昭和二十六年から三十三年の間に発行されたものである。半世紀ほども前に発行された貨幣がいまだ流通している。私の財布に入ったものは、昭和二十九年発行のものであった。来年にも五十年という節目を迎えるものである。

 普段、財布の中の貨幣、そのへりに刻まれたぎざぎざの有無など気にはしない。入ってきた硬貨はその額面だけを問題とされ、必要に応じてまた出ていく。それがどうしたことか、今回に限っては見事にその硬貨をよけて他のものから使うようになってしまった。小銭入れを覗き、ぎざぎざのないものを選って取りだす(レジで手間取る)。それでもし十円玉が足りなければ、高額硬貨ないしは紙幣を使う。いつしか意地にでもなったのか、どうしてもこのぎざ十は使わないと心に誓ってしまったかのようである。他の硬貨に紛れてこれが見当たらなかったときなどは、すわ間違えて使ってしまったかと慌てる。そうしてもうどれくらいになるか、ぎざ十は私にとって間違いなく価値あるものに変わってしまっていた。

 先にも言ったが私のぎざ十は昭和二十九年、特に発行枚数の多い年のものだ。へりの角が取れて、若干丸くなってしまっている。ぎざぎざに限らず、全体的にモールドも甘くなっている。財布から出してしまえば失うことはなくなるが、それだとなにか意味がなくなるような気がして、利益もなくなるような気がして、どうしても財布から抜くことができない。だからこれからもレジで硬貨を選らなければならない。

 ――知らないうちに増殖していた。じゃあ一枚くらいなら使ってもいいかと決して思えず、だから単純に選ぶ労が増えた。今度のものは昭和二十七年発行だった。


日々思うことなど 2003年へ トップページに戻る

公開日:2003.05.25
最終更新日:2003.05.25
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。