一念発起フランス語

世界はきっともっとシンプル

2002年、秋学期のはじまり

 先週で夏学期は終了、今日から秋学期がはじまります。第一回目は前学期に引き続いて、Reflet I エピソード21からです。授業の進め方は、一度ビデオを見る、その後、フレーズずつビデオを止めての、台詞の聞き取り(僕はこれがすごく苦手だ)。加えて、文法おじさんによる文法解説(ここでも、聞き取り練習がある! 辛い)。どうやら、このビデオを見て、聞き取りの訓練をするというのがセットになっているようです。

 他には、移民に関するテキストを先生が読み上げるのを聞いて、文中の数字を聞き取るという練習。これはまいりました。というのも、数字を聞いてばかりいたら文章が全然分からないし、文章に注意を持っていったら数字を全然聞き取れなくなる。とにかく数字を聞き取れなければ意味はないと、数字ばっかりに頑張ったら、やっぱりその数字はなんの数を表しているかという質問が。いやな予感はしてたんだ。一部は答えられましたが、ほとんどは分かりません。聞いたのは聞いたと思うんですが、数字を書き取るのに追われて、覚えられませんでした。いけません、これでは実用にはなりません。

 そして、クイズがありました。問題は、フランスの国内県の数、日本とフランスの時差、フランスの緯度について、三択問題でした(でなければ、答えられるわけがない)。フランス国内県に関しては、多いほうがいいだろう、郵便番号は少なくとも八十以上はあるんだから、県もそれくらいはあるはずといういいかげんな理由で九十五県を選んだら、それが正解でした。フランスって、九十五も県があるんですね。

 その後は、フランスの地理についての話で盛り上がりました。パリというと、市みたいな感じで僕はいたのですが、なんとこれが県なんですね。驚きました。辞書の見開きなんかにはよく地図がありますが、それを見ながら、モナコとアンドールという、フランスに囲まれた国があるとか(モナコは地中海に、アンドールはスペインにも面してますけどね)、とにかく今まで知らなかったこととか、気にもしてなかったこととか、たくさん知ることができて面白かった。ちょっと、フランスの地図と地域のことが書かれた本なんてのが欲しいな、なんて思ったりしたのでした。いや、大人向けじゃなくて、子ども向きでいいから、難しいと分からないし。

フランス語の発想は日本語のそれよりきっとシンプルなんじゃないだろうか

 見出しが全然シンプルじゃありません。

 ともあれ、フランス語のテキストを訳しているときに感じるのですが、原文がシンプルすぎて日本語に訳すと収まりが悪いなんてことがままあるのです。最近の例では、Elle n'est jamais excellente qu'il s'agisse d'une naissance ou d'une entreprise. なんてのがありました。これを直訳すると、「このカードは、誕生と事業に関しては、決して優れていない」なんてなりまして、悪いということをいいたいということはこれでも分かるのですが、どうもしっくりこない、一言足りない感じがする。なので僕は、誕生に関することあるいは事業に関して、このカードは決してよい暗示を与えないとしたのですが、もしこういうことをフランス語でいおうとしたとき、僕は n'être jamais excellente que... なんて文章を思いつくだろうか? ne nous donner jamais de bonnes annonces que... みたいなことを書くんじゃないだろうか? そんなことを思ったのです。

 本日のことです。今度人の家に集まることがあり、それを先生と話していたときに、十人くらい集まりますといいたかったのが、集まるをどういうかで口ごもってしまいました。それを受けた先生は、Il y aura 10 personnnes。ああ、こんなにシンプルでいいんだ。目から鱗が落ちたのでした。

 僕はものをややこしく考え、表現しようという癖があります。とりわけフランス語のためには、これは不利であるなと思わずにはおられません。

なんでアレクサンドランなんか作ってるんだろう

 今日、夕食後にうたた寝をしていたら、なにを思い立ったというのか、突然韻文を作りたくなってしまいました。で、作りはじめてみて、なにしろ僕は詩法なんてものをまったく分からないのでありますから、かろうじて知ってる事柄を総動員するわけです。そんなわけで、アレクサンドラン(十二音節詩)を作ることになってしまった…… なにを考えているというのだろう。短歌でさえ調えるのに一苦労というのに、あまつさえアレクサンドラン。なに考えてるだか、自分でも分かりません。

 一時間半を費やして、できたのはたった四行。さて、この後何行作るのか? 十行? 勉強にはなるけど大変な作業で、誤りを訂正したら音節数が変わってしまうという危険もあって、もう本当になにやってるんだか分かりません。

Parce que j'avais toujours de la tristesse

Parce que j'avais toujours de la tristesse,
Je chantais avec le seul souffle sans cesse
Ma tristesse ne disparaît jamais et puis
Il me faudra chanter demain comme aujourd'hui

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公開日:2002.10.12
最終更新日:2002.10.19
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