『振袖いちま』全3巻
須藤真澄
(BEAM COMIX)エンターブレイン,2002年。
女の子同士の友情を繊細に描いて、こんなにやわらかでしなやかでまっすぐですこやかだ。不幸など立ち入る隙もないような日常に起こる、人形いちまのわがままとその都度振り回されるゆきのどたばたとしたコメディなのだが、その裏面には人形いちまの悲しさが広がっている。いずれ去る者と残されるものの対比。いけずで強引で乱暴ないちまの折に触れて見せる本心がいじらしい。
いちまは大正時代の市松人形である。深く愛された人形はしゃべればまた人に化けることもあるのだろう。ゆきの曾祖母に可愛がられたいちまはゆきのもとに来ては人に化けることを覚え、曾祖母の叶わぬ夢を代わりに実現しようと奔走する。表向きには過去のお友達のためのみに生きるいちまである。だが同時に現在のお友達であるゆきのためにもあろうとしている。その、普段は表立つことのないいちまの機微が涙を絞るのである。
人形が人に化けるなどと起こるはずもない突飛な設定がこうもすんなり呑み込めるのは、人形に魂を見ることもあるからだろう。いちまは人形であり、それゆえ時を越えることも容易である。「時は流れる、いちまは残る」。いずれ終わる関係をいちまは目の前にして、だがその問題は人形いちまばかりのものではない。
主題は消え去る関係とそれでも残る友情であった。人生に折節現れる別れは時に残酷で避けようもないが、人はそれでも思いを繋げようとする。去る者は日々に疎しといえど思い出しては懐かしむ人もあり、ともに過ごした日々に起こった数々が胸にいっぱいになるのである。私はそれに耐ええず、だからなにも持たずなにも残さずいきたい。私がいちまなら、ああも日々を美しく生きるだろうか。いちまは大切なひとものことに囲まれて生きることのかけがえなさを知りつつ、過去と今を同じく未来に繋ぐのである。
友情を描く漫画は多いが、振袖いちまは言葉にせず友情の本質をあふれさせる。最高のお気に入りである。
評点:4+
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