銀のロマンティック…わはは

シンプルさの中に、確かな思いが伝わる

『銀のロマンティック…わはは』
川原泉
(花とゆめCOMICS)白泉社,1986年。


 川原泉の贈るフィギュアスケート漫画である。やたらほんわかしたのり、飄々としたキャラクターで、スケートの美の世界に挑む二人を描いているんだけど、そこはやはり川原なので、全体におっとりしている、筋も少々乱暴で強引、だがその表向きにばかり目をやっていると、不意に現れるシリアスな場面にやられてしまう。

 この漫画には、スケートものにかぎらず、少女漫画におけるスポーツものの要素がつまっている。ヒロインとわけありの相方。才能に恵まれた彼らには意地悪なライバルがやっぱりいるのであって、つまらぬ策を弄するライバルは自ら消えてゆくのも同じく。努力が、恋愛が描かれるのも、そして青天の霹靂のような出来事で引退していかなければならないということも。だがこれだけよくありの要素があふれているのに、他のどの漫画とも違う味を持っている。シリアスで悲しいのに、ラストなどは例えようもなくしんみりとしているのに、全体から受ける印象はほがらかで健気なのだ。運命の前に弱く小さい人間の、それでもくじけようとしない前向きさがある。バレリーナが泣かずそしてくじけないというのなら、フィギュアスケーターも、――いや川原の信じる人間のあり方がそうなのだろう。シリアスをただシリアスと描くのは誰にでもできるが、シリアスをささやかな笑みと健やかな明るさの向こうに描くのはまさに川原の真面目であり、名作というにふさわしい。ここには人の意志への信頼でいっぱいなのだ。だから僕はこれを読めば必ず泣いてしまうし、その涙というのがあまりに幸いなものだから、僕はきっと嬉しいのか悲しいのか分からなくなってしまうのだ。

 僕はこれを高校の時に人から借りて、結局自分でも買ってしまった。その後の僕の、フィギュアスケートへの愛着は、間違いなくここに根差している。単純と笑ってくれるな、それだけ僕はこの漫画に感銘を受けたのだ。何度も読んで、その度により深い感銘を。


評点:3+


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公開日:2002.11.04
最終更新日:2002.11.06
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