『ルナティック雑技団』全三巻
岡田あーみん
(りぼんマスコットコミックス)集英社,1994-1996年。
友人に聞いてみた、だからどんな女性が好みなのかね。そしたらいろいろ条件をつけた揚げ句、つまりはマダムゆり子だとかいう(ただし性格の破綻していない)。説明しなければなるまい。マダムゆり子とは、岡田あーみんの描く『ルナティック雑技団』中、屈指のキャラクター付けによりその存在を際立たせる妖婦である。ちなみに、純真な小学生からの評判は悪い。それを好きだというのだから、友人もさながら筋金入りだ。本気か?
マダムゆり子も所詮虚構の存在、――だが彼女は本当に作り事の人物なのだろうか。自分の息子可愛さに、息子につく虫を排除せんと躍起になる母性。息子との蜜月を破られる苦しみに千々乱れる熟女を、我々はごく身近に感じることができるだろう。それはあなたの彼氏の母親かも知れない。姑はどうか? あなた自身の母あるいはあなた自身がマダムゆり子であるといえないだろうか。
星野夢実を軸とする少女漫画の定式に仮託しながら、岡田あーみんは現実をここに描いた。マダムゆり子をはじめとして、すべての登場人物は我々の世界に偏在している。自分の思いと人への思いを天秤にかけながら、破綻寸前の理性をぎりぎりで踏みとどまり、日常を平穏に過ごしている我々こそが、彼らの写しにほかならない。自己否定感情に世を捨てたかのような少年も、過激な表現に傷つきやすい本心を隠した少年も、プライドの高さゆえに素直になれない少女も、そして母子分離不安に我を忘れがちなマダムゆり子も――、登場人物のすべては我々の隣人であり、起こることすべてが我々の人生の一部。私たち自身の心の力動が、この作品に余すことなく表現され尽くしている。その意味において、本作はパロディではなく、ましてギャグですらない。私たちに突きつけられた、真実の姿を映す鏡である。
なお、私が好きなのは成金薫子嬢。願わくば黒川の位置に座したいと思っている。断じて茂吉ではない。黒川、なのである。
評点:4+
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