THEチェリー・プロジェクト

バブルの残照のなかで、だがまだ独り立ちしていた

『THEチェリー・プロジェクト』全三巻
武内直子
(KCなかよし)講談社,1991-1992年。


 豪華絢爛かつ大風呂敷かつ荒唐無稽の玉の輿ストーリー。フィギュアスケートがモチーフであるとはいえ、軸はあくまでも恋愛であって、往時の少女漫画の王道を突き進んでいる。少女漫画的嫌がらせのストレートなバリエーションである、シューズにガラス片には正直恐れ入ったし、お話の最後まで競い合ってくれる美貌のライバルもいる(結局はかませ犬になっちゃうんだけど……)。彼女とはひとりの男を獲りあったりもして、またヒロイン自ら美少年たちに獲りあわれたりもしたりして、ドラマチックなことこの上ないこの漫画は、九十年代初頭の連載であった――時はまさにバブルの残照を受ける夢うたかたの時代。世を席巻したトレンディドラマの一変容として、この漫画は世の少女たちに受け容れられていたわけだ。

 だがそれでも、これが少女漫画であるという以上、少女の自己肯定の物語を丹念になぞるのが面白い。より高みにいる理想形に自分を比べては、自らを卑下し模倣し挫折する少女は、自分以外のなにかに憧れながら、自分以外のなににもなれないことを知ったときに成長する。このプロセスは思春期における成長の一典型であり、少女たちはヒロインに自身を投影することでカタルシスを得、疑似的に通過儀礼を体験する。最後にヒーローに選ばれるという結末こそはおまけだが、恋愛、御曹司、世界チャンピオンの座を同時に得るというラストは、この時代の価値を体現するおとぎ話として、この漫画を成立させるために必要だった。

 わずか三巻、十五回で全てを語ろうとするために、詰め込みすぎ急ぎすぎの感が強く、その分内容も薄っぺらい。だがそれらを差し引いたとしても、すべての積み重ねの末に達したラストシーンは繊細で、有無をいわせぬものがある。ただ最後その時のためには、奇跡の大安売りも気にならず、運命も飛躍もなんでもありったけ動員されるがよい。ここが時代の夢が成就し消え去ろうとする間際であった。


評点:3


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公開日:2002.11.05
最終更新日:2002.11.05
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