奏(騒)楽都市OSAKA

騒々しい表現にこもる、語りたい気持ちが心地よい

『奏(騒)楽都市OSAKA』上下巻
川上稔
(電撃文庫)メディアワークス,1999年。


 東京と大阪が、失われた力をめぐって激突する。舞台は、1996年大阪。しかし、そこはわれわれの知る大阪ではない。

 1985年の近畿動乱によって、日本は東西に分割された。学生による自治がまかり通り、高校生が警察同様あるいはそれ以上の権限をもつ世界。そこで彼らは、神器という力を用いて闘い、自身の持つ意味を明らかにしていく。

 はじめに動き出したのは、東京圏総長の中村だった。中村は、近畿動乱で喪失した最強の神器、炎神を求めて大阪に入る。その力をもってこの国の王にならんがためだ。対する陽阪は、自分が好いた女を護りきれなかった過去に未だとらわれて動けない。だが、二人が出会いぶつかり合っていく中で、前へ進むということがどういうことであるかが浮き彫りにされ、迷いに対する答がもっとも簡単なかたちで示される。躍動感にあふれた描写が幾重にも畳みかけて濃厚に、虚構を超えた真実を描き出した。

 自分の持つ可能性に翻弄される二人の少年の対照が熱い。迷いを振り捨て疾走する中村・久秀に、迷い逡巡し続けた陽阪・勝意。あまりに対照的である二人だが、その根っこにある動力は、まったく同じである。自分自身の価値に対する問い掛けと疑問。答をつかみ取るための方法が違うだけで、二人の到達する場所は同じ地点だった。

 川上稔独特の表現手法が、傑出している。独自のルールに従って打ち込まれるコマンド入力。決してスマートとは言えないそれが、事細かに書けばくどくなりかねない闘いの動きをテンポよく視覚的に、また少年たちの心の動きさえも効果的に描ききった。これは、作者の書くことに対する貪欲さと躊躇のなさが勝ち取った、表現の勝利だろう。

 つまりだ、迷いながらも貪欲に前進し、行く先が見えればもはや躊躇しないということなのだ。これが作品のテーマにして、作者のありよう。表現の内容と手法にテーマが結実する。本書はまさしく、希有にして貴重な例である。


評点:4


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公開日:2000.09.09
最終更新日:2001.09.09
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