あの子は夢を胸に――きっと行ったよね

アイ・ジン『我的1997』


アイジン「我的1997」:アイ・ジン『私の1997』(SRCL 3008)所収


 1997年九月、ヤオハンジャパンが倒産。十一月二十日にはヤオハン香港も店仕舞い、一代で築き上げられた巨大資本が泡と消えました。この報を聞き僕の胸に去来したのは、あの子はヤオハンにいったのだろうか、という問いでした。

 あの子って?

 香港の返還を心待ちにした、大陸のあの子。

 ヤオハンってどんなところ? ヤオハンの服ってどんな感じかしら?

 1997年になれば香港が返還されて、私も香港に行くことができるとその日を待ち望んだ彼女。アイ・ジンの歌う「私の1997」に出てくる、あの女の子です。

 1997年七月一日に返還される香港を巧みに歌に折り込んで、アイ・ジンの「我的1997」はヒットしました。発表されたのは香港返還を五年後に待つ92年。むしろ素朴に一少女の願いが歌われるこの歌が支持されたのは、耳にする人たちの持つ願望とこの少女の香港への憧れが、非常に近しく親しいものとあったからなのでしょう。香港は当時の人民の目には、素晴らしい出来事に彩られるワンダーランド、であったのかもしれません。

 それはかつて日本にもありました。デパートの展望レストランや上陸したてのファーストフード店であったりして、それは豊かさの象徴でした。

 しかし、彼女にとって香港はもう少し切実でした。オリジナルにのみ歌われる詞、「道を歩いているあの猫が好き 私もあんなふうに自由なんだなあと思うから」。彼女にとって香港とは、豊かさや憧れを超えた、自由であったのでしょう。自由に自分として闊達であることへの希求が、香港そして彼女の1997年に照射されたのです。

 けれど生き馬の目を抜く経済社会は、誰もが想像だにしなかった大資本を次々と喰らいました。もっとも顕著であったのが、香港返還年である1997年。一つの時代の夢が消えた瞬間でしたが、その前にあの子はささやかな夢を胸にヤオハンを訪れたでしょうか。

 いえ、きっと必ずと信じています。


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公開日:2001.02.24
最終更新日:2001.08.29
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