J. S. バッハ『無伴奏チェロ組曲第一番 BWV. 1007』

Johann Sebastian Bach „Suite“ G-Dur BWV 1007

 いや、いうまでもなくバッハはいいよ。どこがいいといったって、端正に数学的に構築された音の建築物――緻密でありながら裡に情熱も宿して、そしてなによりも美しい。

 彼の真骨頂はフーガの中にこそあると思うのだが、そうはいっても鍵盤が駄目だった私にそんなのが弾けるはずがない。そもそも専門は管楽器だったんだから、一人でフーガをしようというのはまあ無理だ。それでもバッハに近づきたいと、そういう私にとってこの『無伴奏チェロ組曲』というのはまさに得難い福音であって、特に一番は何年にもわたって弾き続けてきた大切なレパートリーだ。

 一応断っとくけど、チェロは弾けないよ。私がやってたのはサクソフォンで、サクソフォン用に編曲されたチェロ組曲の楽譜というのが出ている。それを冒涜と思うか邪道と思うかは別として、どの楽器で弾こうともバッハの価値及び奥深さは変わらない。

 ここに、グレン・グールドの言葉を引用しておこう。

 《平均率クラヴィーア》というか、この曲集からの抜粋は、《フーガの技法》もそうだが、曲集の題名になっている楽器クラヴィーアによる演奏だけでなく、ハープシコードやピアノ、あるいは、管と弦の合奏、ジャズ・コンボ、それに、スキャット唱法によるヴォーカル・グループも少なくとも一つ、これを演奏している。バッハ作品にはその普遍性を強調する魅力はたくさんある。なかでも、特定の楽器の響きに固執しない大らかさからくる魅力はけっして小さくない。

グレン・グールド『フーガの技法』

 バッハの魅力、普遍性は、チェロ組曲をサックスで吹いたとしても、みじんも揺るぎない。なおさら、ギターで弾いたとしても揺るごうはずはないではないか!

 というわけで、このところ、ギターでチェロ組曲に挑戦中。

調性について考えた

 チェロ組曲一番はG-Dur、ト長調で書かれている。ちなみにサクソフォン用の編曲は、楽譜上はヘ長調になっている(サックスは移調楽器だから、実音では変イ長調あるいは変ホ長調になる)。じゃあギターで弾くなら何調がいいんだろうか?

 シンプルないしは原典主義的に考えるとト長調になるんだろうけれど、ここはひとつギターでの弾きやすさを考えて調を選ぶことにしよう。

 ギターのもっとも一般的な調弦は、下からミラレソシミという4度を積み上げるものであり、対してチェロは下からドソレラ、5度を積み重ねている。プレリュードの冒頭、実音でソレシラシレシレというところを考えると、チェロはソとレを開放弦で弾くことができて、非常においしい。ここはギターでも開放弦を使えるような調を考えてみようかね。

 というわけで、第5弦開放のAから弾きはじめてみようかね。

     P       P        P       P        P       P        P       P
E|----------------|----------------|----------------|----------------|
B|--202-2---202-2-|--323-3---323-3-|--323-3---323-3-|--202-2---202-2-|
G|----------------|----------------|-1---1-1-1---1-1|-2---2-2-2---2-1|
D|-2---2-2-2---2-2|-4---4-4-4---4-4|----------------|----------------|
A|0-------0-------|0-------0-------|0-------0-------|0-------0-------|
E|----------------|----------------|----------------|----------------|

 冒頭の4小節はこんな感じで、ミュートせずに残しぎみに弾くボトム弦が実にいい感じに響いてくれる。いける、こりゃいけるよと思ったんだけど、たどたどしくも先を続けていくと、20小節目で低音が足りなくなってしまった。

 そりゃそうだ。完全5度で合わせるチェロと違ってギターは完全4度だもんな。そりゃ音も足りなくなるわ。

ここで選択肢

 さあ、ここで選択肢が発生した。つまりこの最低音をどう処理するかという問題だ。

 簡単に1音あげて弾けばいいという問題ではないぞ。1音あげれば開放音の利用が難しくなり、弾けなくなる可能性が出てくる。だもんで、ここはできるだけ開放音を使う方向で考えたい。

 そうなると選択肢は以下のふたつになるだろう。

  1. イ長調から二長調に移調
  2. 第6弦をDに合わせる

 前者は、開始音を第5弦開放Aから第4弦開放Dに変えるということ。こうすれば開放は今以上に利用しやすくなる。ただし音域が高くなり、趣はずいぶんとかわいらしいものになる。また低音のおいしい部分をあまり使えない。

 後者は、いわゆるドロップDといわれるチューニングで、第6弦を1音低く合わせる調弦法で、カントリーやフラメンコでもよく使われ、もちろんクラシックでも普通に出てくるやり方、珍しくもなんともない普通のやり方なのだが、他の曲を弾く前に弦をEに合わせなおす手間が生じて面倒くさい。

 さて、どうしたもんか。決定はちょっと先延ばしにするか。

注釈

グールド,グレン「フーガの技法」野水瑞穂訳,ティム・ペイジ編『グレン・グールド著作集1――バッハからブーレーズへ』(東京:みすず書房,1990年)所収【,38頁】。


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公開日:2003.12.13
最終更新日:2003.12.13
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