ボリス・ヴィアン『脱走兵』

Boris Vian « Le déserteur »

 この曲を聴いたのは、NHKラジオフランス語講座の応用編、松島征氏による「20世紀のシャンソン〜反骨の詩人たち〜」で紹介されたのが初めてだった。どちらかといえばのどかな雰囲気漂うこの歌に、過激な表現と強いメッセージ性があるのだからシャンソンは面白い。

 私がギターをはじめたのは2002年10月。ちょうどその一月ほど前に、問題のラジオ講座『脱走兵』の回が再放送されていて、どうにも僕はこれを歌いたくなった。ほら、やっぱりフランス語を勉強してたんだから、歌うならシャンソンだ。歌としてもよいし、なにより言葉の勉強にもなる、――なんてのは表向きの理由だ。あえてギターをはじめた当初から『脱走兵』を歌おうと思ったのには、それなりの理由がある。

それなりの理由

 ちょうど私がギターをはじめた頃、世の中が徐々に戦争局面に傾いていく最中だったのを覚えておいでか。イラクに対するアメリカの強行姿勢が目立ちはじめ、このまま戦争になるのではないかという怖れがささやかれていた。いやその怖れはずっと以前、私がイタリアに行った頃から消えずにくすぶり続けていたのだが、2002年末くらいから徐々に具体的なかたちになりはじめていた。戦争と言わず破壊行為全般を嫌う私だから、この傾向は肯えなかった。

 だから『脱走兵』だった。

事前にコードを入手

 ギターを買う前に『脱走兵』を歌いたく思っていたことは、手元にあるコードネーム付き歌詞のプリントアウトが証拠である。2002年9月22日の日付のあるそのプリントアウトは、突如思い立ち『脱走兵』を歌いたくなってネットをさまよった成果だ。コードがふってあるそのプリントアウトに従い、最初はピアノで歌っていた。でもギターが欲しくなったのだな。そして買ったのだな。全てはやはりシャンソンを歌うためにギターを欲したのだ。

 ギターを手に入れて当初は、この簡単なコードしか使われていない歌の伴奏も満足に弾けず、随分と落ち込んだものだった。特にFmとFのセーハを伴うコードがきつい。でも毎日弾いて、でも途中あまり弾かなくなって、最近弾きはじめたら、どうしても途中でつっかえつっかえだったコードチェンジがスムーズに行くようになっていて、自分が少しずつでも上達していってるのだと実感し、嬉しくてじんとした。

再開の理由

 一時期弾くのをやめていたこの曲を再び歌おうと思ったのは、戦争が原因である。この歌の歌詞は、召集令状をうけた男がそれを拒否し人々に反戦を訴える旅に出ると、大統領に向けて出した手紙の体裁をとっている。大統領とはこの歌の作られた当時のフランス大統領であるが、ピーター・ポール&マリーがこの歌を歌った時には自国の大統領に向けて歌ったはずだ。だから私も彼らにならって、今最もホットな大統領に向けて歌いたかった。

 1955年に作られ、戦時下のフランスで発禁処分を受けた歌は、その後60年代アメリカはヒッピーカルチャーの中で歌われ(日本でも歌われたらしい)、結局は延々戦争はやむことなく続いている証拠みたいな話である。

 だから私は馬鹿馬鹿しく青臭くっても、この歌に出てくる男みたいに、戦争はやめよう、私はかわいそうな人たちを殺すためこの世にいるわけじゃないと、あえて言いたく思ってギターを買って、そして実際に歌ってみているのだ。


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公開日:2003.05.01
最終更新日:2003.05.01
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