僕は中くらいに古いMacintoshユーザーなので、クラリスという会社には割合愛着を持って接していました。クラリスというのはMacintosh用ソフトウェアをリリースしていたソフトメーカーで、もともとはアップルコンピュータ社のソフトウェア部門だったところです。代表的なソフトとして、ファイルメーカーというデータベースソフトをあげることができるでしょう。え、知らない? いやあ、そんなわけはないと思うんですが、知らない人もやっぱり多いんでしょうね……
そのクラリス社がリリースした、ワープロ感覚でHTMLファイルを作成するソフトというのが、今回お話する「クラリスホームページ」。今では珍しくもなんともないWysiwygのHTMLエディタですが、僕がサイト作成に興味を持った1997年当時ではまだ珍しい部類に属しました。当時のHTML作成における主流というのは、いわゆるタグ挿入式エディタといわれるものでした。そのため、ユーザーはHTMLを理解しながらマークアップしていく必要があったのです(今でももちろんそうだと、僕は思っていますが)。
当時の僕は手前勝手な合理性を求め、表面に現れるかたちさえ決まれば中身――HTMLは機械まかせでよいと考えていました。おそらくこういう人たちが増えはじめたのも1997年ごろだったのでしょう。Wysiwyg HTMLエディタは多くリリースされるようになり、自然、主流はより簡単なこれらに移ってゆきました。
今から考えれば、このソフトはそれほど悪いソフトではありませんでした。確かに、表示や操作感はものすごく重く、使い勝手の点で優れているかといわれれば首をかしげざるを得ないものだったかも知れません。ですが入門用としてはよくできていたし、なにしろ直感的に使えるのは便利でした。ヘルプにはソフトの使い方だけではなく、サイト作成のこつや最低限必要な知識、用語がわかりやすく解説されています。ソフト名が「ホームページ」なのにも関わらず、ヘルプでは頑としてWebサイト、Webページという用語を使うという硬派さも素敵でした。
仕様の面から見ても結構ちゃんとしていて、必要な機能はすべて揃っていたといっても過言ではありません。本格的なサイト管理こそはできないですが、サイト上のファイルとローカルのファイルのタイムスタンプを比較し、差分アップデートを可能としていたのは流石としか言い様がありません。HTMLの要素も一通り揃っていて、限りなくStrictでValidなHTMLを書かせることも不可能ではないかも知れません。フレームこそは一部のみのサポートにとどまりましたが、それも当時の最新技術ゆえの仕方なさでした。
ですが、これまでにあげた利点を上回る欠点が、クラリスホームページには存在していました。それは、頑固であるということです。
クラリスホームページ最大の欠点とは、HTMLをソフトが勝手に書き換えてしまうことでした。例えば、A要素のName属性を使って文書中に終点アンカーを作成するとします。本来ならば、アンカーとなる文章をA要素の開始終了両タグで囲むというのが正しい書法となります。ですが、クラリスホームページはこれを決して許さないのでした。
仮に、「<a name="anchor">アンカーテキスト</a>」と書いたとしましょう。ですがクラリスホームページは保存時にこれを、「<a name="anchor"></a>アンカーテキスト」と書き換えてしまうのです。一事が万事この次第で、Title要素の前に文字コードを指定するMeta要素を入れたとしても、頑としてTitle要素の後に置き換えられてしまう。これは、これは困ります。というのも、文字コードはその文字コードで書かれた文字が出る前に指定されなければなりません。文書タイトルに日本語を使いたいならば、MetaはTitleの前に来ないといけないのです(UAによっては文字化けします)。
他にも困ることは沢山ありました。P要素中に現れることのできないHr要素ですが、クラリスホームページはわざわざHr要素の前後にP要素を補ってくれます(もちろん、文法エラー)。リストアイテム(Li要素。DtやDd要素も同様)の終了タグをわざわざ手で書き入れても、全部削除してくれるという残忍さ。Form要素も、文書中に一度しか出ることを許されなかったために、わざわざ文書を変更できないようにロックして、クラリスホームページで開かないようにしていました(開くと、書き換えられてしまう)。
でも、こんなとんでもない仕様でも、当時の僕はHTMLの正しい書法など気にもしていなかったため問題なかったのです。そもそもHTMLに厳格な取り決めがあることも知らなかったので、今から考えれば本当にひどいマークアップを量産していた。本当に知らぬが仏でした。
クラリス社はその後、主力のファイルメーカーに力を注ごうとしたためか、ファイルメーカー社と社名を変更し、クラリスという名前は失われました。その社名変更後にバージョンアップされたのが、Home Page Pro。すでにこととねを本格運営していた僕は、バージョンアップによる利便を得ようと、大阪は日本橋に繰り出しこれを購入しました。ところが、これが僕とクラリスホームページを永遠に分かつ切っ掛けとなろうとは、一体どこの誰が予測しえたでしょう。そう、このバージョンアップが命運を分けたのでした。
その頃、僕はあるソフトに興味を持っていました。そのソフトとは、Macromedia Flash。説明する必要もないほどに有名なソフトです。僕はこのソフトを購入し、下手なりにFlashファイルを作ってはWebに公開していたのです。ところが、今まで問題なく公開できていたFlashファイルが、ある時期を境に閲覧不能になっていたのです。一体なぜなんだろう? 僕はこの答えとして、WebサーバのMIMEタイプの設定がうまくいっていないのだと勝手に思い込みました。ちょうどその頃僕は、Flashファイルの置き場として新たにWebスペースを確保したところだったのです。僕はプロバイダにメールを書き、MIMEタイプの設定をして呉れろと頼みました。ですが、プロバイダからの答えは意外なものでした。Shockwave Flashの設定は、正しくされているというのです。
その時になってはじめて、Home Page Proがあやしいということに思いが至りました。はなっからHome Page Proはバグ持ちでした。FTPパスワードを記録するよう設定しても、接続の度に忘れるという体たらくだったのです。もしかしたら、このHome Page ProがためにFlashファイルがアップロードできていないのではないだろうか。
この推測をもとに、僕はソフトをダウングレードしてみました。クラリスホームページでFlashファイルを問題のWebスペースにアップロードしてみました。すると正しく閲覧できるのです。問題はプロバイダにではなく、Home Page Proにこそあったのです。
僕は、ファイルメーカー社にメールを出しました。問題がいくつかあるので対処して呉れろとです。ですが返事はまったくなく、対応に関してもなしのつぶてでした。毎日の更新の度にFTPパスワードを要求されるでは面倒で仕方がない。加えて、FlashでパブリッシュしたHTMLを書き換えかねないHome Page Proにも辟易でした。そのため、購入後一月も経っていないにも関わらず、僕は乗り換えを決意したのでした。Flashを扱うならば、同じMacromedia社のDreamweaverが適しているに違いない……
DreamweaverがHTMLを書き換えないということは、すでに雑誌の記事で読んで知っていました。加えてちょうどそのころに、Dreamweaver 3を安価で売るというキャンペーンがおこなわれていたのです。僕は渡りに船と、Home Page Proを捨てDreamweaverに乗り換えていきました。Dreamweaverは僕の期待に応えてくれるソフトでした。Home Page Proよりも使いやすく、かつ高機能でした。あの時のFlashファイル破損は、ちょうど良い転機だったのかも知れません。乗り換えに後悔はありませんでした。とはいえ、昔好きだったソフトの末期がこれではクラリスホームページも浮かばれないと思うのであります。