皆さんはHyperCardというソフトをご存知でしょうか。Macintosh用ソフトとしてリリースされたソフトの中で、おそらくは最もMacintoshらしさを体現していたソフトウェア、それがHyperCardだと思います。
カードに見立てられたページに画像やテキスト、ボタンを配置し、HyperTalkという言語で操作する。ボタンに限らず、テキストフィールドやページ全体に、マウスクリックで作動するギミックを仕込んだりできる、実に楽しい「環境」なのです。
簡単にいえば、CD-ROMのマルチメディアタイトル。ああいうのが作れるわけです。
マルチメディアタイトルはmacromedia社のDirectorが主流の地位を占めていますが、HyperCardも負けてはいません。MYSTというゲームをご存知の方もいらっしゃるかと思います。PlayStationをはじめ、いろいろなプラットフォームに移植されたあのゲームのおおもとはMacintoshで、それもHyperCardで作られたものだったのです。
僕が始めてHyperCardに出会ったのは、短大の二年の時に初めて買ったMacintoshについてきた、HyperCard
Liteでした。この時代のHyperCardは、機能限定版のLiteでも、Magicというコマンドを打ち込むことで、オーサリング(開発)レベルまで使用できるという非常に親切設計でした。
とにかく、Macintoshを買うだけで余力を使い果たした僕は、とにかく最初についてきたソフト群を使いたおすほかにすることもなく、それだけに、完全にコンピュータの中だけで完結させられるHyperCardはうってつけのおもちゃだったのです。
とにかく、取りつかれたかのようにスタック(HyperCardの書類です)を次から次へと暴いては、いったいどういう仕組みで動いているのかを調べ、紙にスクリプトを書きだし、それを頼りに自分でも作ってみたりしました。
といっても、本当に簡単な、ボタンを押したら指定したカードに移動するくらいのものしか作れなかったのですけど。
その後、思わぬ収入に恵まれ、HyperCardのフルセット版を購入。僕のHyperCard道楽は、加速したのでした。
でもさ、ここに根のなさが災いするのですね。断片ばかりできあがって、完成したものは一個もなかったりします。
あんまり大きなプロジェクトを立ち上げるから挫折するのだけれど、とにかく、遊ぶならHyperCard。あれほど僕にとって楽しかったソフトはありません。
とはいえ、HyperCardがすでに過去のものであるということは否めません。
機能を拡張してカラーも扱えるようになりましたが、決して使いやすいわけではなく、実用性を考えると、やはり白黒時代のMacintoshソフトだったのです。スクリプトにしても、コンパイルされるわけではないので、動作がとろかったりするのも今の時代向けじゃないような気もします。
それになにより、開発がストップして久しい、というのが不利に拍車をかけています。
そのHyperCardが久々に話題になっているようです。HyperCard Mailing Listのメンバーの働きかけによって、復活が実現するかも知れない、のだそうです。
僕はHyperCardで、Photoshopなどに見られるレイヤーの概念を初めて知り、コンピュータプログラムの本当に基本的なことを知りました。仕事先でExcelのマクロを組んだり出来たのも、HyperTalkの経験があってのことでした。
HyperCardの開発がすでに終了されたこと、またMacintoshユーザーの間だけでしか作品を公開できないというデメリットから、僕の興味はmacromedia Flashへと今では移っています。僕にとってのFlashとは、SmartSkechで体験した、楽しい手書き風ドローイラスト作成ツールの世界と、HyperCardのボタンを作りスクリプトを組み、インタラクティブな楽しみを提供できる環境という、ふたつの素晴らしい世界の融合したものです。
ですが、もしHyperCardが本当に復活したならば、僕はきっとそれを買うことでしょう。なぜなら、僕にとってHyperCardとは、常に、心のどこかに、忘れずしまわれている懐かしい原風景にほかならないからです。
僕にとってのMacintoshとの出会いは、HyperCardに僕を導くための最初の動きでした。
もし僕の最初コンピュータがWindowsマシンだったらば、今の僕はきっとなかった。
それは、Macintoshだから、ではなく、WindowsにはHyperCardがなかったから、なのです。