【タイトル】 俺の屍を越えてゆけ
【発売元】 SCEI
【ジャンル】 RPG
【価格】 1999.6.17発売 \5,800
【ハード】 プレイステーション
人に災いなす鬼に短命と種絶の呪いをかけられた主人公一族が、神々と交わり子孫を残し、打倒「朱点童子」に命を賭す。その彼らのひた向きさが、ただただ胸を打ちます。二年足らずで命の尽きる彼らを育て、彼らの命を次代に繋ぎながら、前へ前へと進んでゆきます。文字通り屍を越えながら……
オーソドックスなコマンド入力型RPGでありながら、その独自のシステム――生命の樹を育ててゆく――が、このゲームを格別とします。築き上げられた彼ら一族の歴史が自ずと語り始め、一族は文字通りプレイヤーにとっての、血肉を分けたかのような写し身となります。彼らはみな一個の人格として現れ、そして去っていきます。それだけに彼らのすべてを慈しまずにはおられず、その心がすべての生の素晴らしさを気づかせます。
このゲームは、彼岸から語りかける此岸へのメッセージです。この生をどれだけ素晴らしいものと出来るかは、ほかならぬ私たち次第なのです。
以上400文字でした。
以下、無責任な感想をいくつか。
イツ花というのは、説明書から引き写せば「天界から派遣された、大雑把世界一、風邪を引かないだけが取り柄のお手伝いさん」とのことですがどうしてどうして。彼女は素晴らしいのです。
もうなんというか、現実に彼女がいたならばきっと一生を仕合せに元気に暮らせるだろうな、と僕をして妄想させしめたのは、まさに彼女なのですから。
ああ、書いてて悲しくなっちゃったな。
キャラクターはすべて長くて二年ほどで死んでしまいます。だから子孫を残さなければならないわけで、その子たちもさすがに短命だけあって生まれて二ヶ月で訓練期間を終えてしまいます。そして出陣と相成るわけですが、生まれたところということはつまり成長はこれから。つまりばんばんレベルがあがります。
戦闘こそがゲームの根幹であるWizardryでさえも、レベルが30を越えたところあたりでその根幹が揺らぎ始めます(つまり戦闘が面白くなくなるわけです)。気に入ったキャラクターを育てれば育てるほど、ゲーム自体の面白さが薄れていく。ところが俺屍ではそういったジレンマがないわけです。
とはいえ、延々といつまでもプレイできるわけではありません。それに、新しい子が育っていくということは、彼、彼女に命を託した親が死んでいっているわけで、この喜びはむしろ悲しみを内包しているのです。
なにかメッセージを伝えたいというとき、やっぱり物語として、言葉でもって伝えられることが多い中で、あえてシステムそのものがメッセージであるという、ゲームとしては理想的な姿であるところが素晴らしい。
このゲームをなんとしてもプレイしたいと思った人、このゲームに触れ目が開いた人、そういう人たちはこのゲームのこのメッセージ性に惚れたのだと思う。もちろん、僕もそのひとりです。
説明書は136頁あります。まじで。今までいろいろゲームをやってきたつもりですが、こんなに分厚い説明書は初めてです。しかも、この内容というのが無味乾燥なシステム説明ではなくて、実に製作者の桝田省治さんの人がらあふれるもので、さらに説明書巻末に収録されているスタッフ。恐らく関係した人を可能なだけ収録しているのだと思います。普通、エンドテロップには入れても説明書に入れることはまれですね。
ですが、こういった姿勢が、このゲームのメッセージを如実に反映しているのだと思います。
テーマ曲です。名曲です。この中に、まさにこのゲームのいわんとしているテーマが沁みています。心に沁みます。毎回ゲームを終了する際に「花」を聴くかどうかという選択が出ます。
ぜひ聴きましょう。僕は始めるときと終わるときは必ず聴くようにしています。
ゲーム終了時に、イツ花の留守電、が用意されています。素晴らしいです。もし一人暮らしで留守電を持っていたなら、必ずこれを入れてしまったことでしょう。
他にもまだまだ出てきそうですが、このへんでやめときます。
思いつきません!
RPG好きで、プレイヤーキャラとお近づきになることに楽しみを見出せる人、そういう人に、ほんとに、お勧めのゲームです。心から。