一時期はあんなに熱狂したカルドセプトですが、ここ数年はもうまったくというほど遊んでいませんでした。いや、カルドセプトだけじゃなくてすべてのゲームに対してそうだったのですが、とにかくここに三年(特にギターをはじめて以降)は、ほとんどゲームをゲームらしくやっていません。
けれど時には息抜きもしたくなるもので、そんなわけで久しぶりにカルドセプトをプレイしてみました。きっかけはかねこしんや氏の漫画を読んだからというもので、実にわかりやすいシンプルな思考ではありませんか。
久しぶりにプレイしてみて愕然としたことは、もうわけわからんくらい弱くなっているということでしょう。ダムウッドでいきなり負けている。しかも二連敗。あれー?
しかたがないからブックを組み直して、ケルピーを二体絡めた軽量路線に切り替えてからは負けなくなりましたが、以前勝てていたブックでは勝てなくなったというのはおかしな話です。しかし、ダムウッドで二連敗。いや、本当に弱くなったと思います。
カルドセプトにおいて弱いということはどういうことかというと、つまりは以下に尽きるということでしょう。
このうち、カードが揃っていないというのはそれほど重要ではありません。私はカードが充分に揃っていない状況で第4回公式全国大会予選用のブックを組んで、スパーリングではそこそこの勝率を挙げるにいたったのですから。揃っていなければ、揃っていないなりのブックを構成すればいいだけの話。それこそ、初期ブックでもそこそこ戦えるというのがカルドセプトのよさなのですから。
だから、問題の深さでいえば、カードを把握できていないことの方がずっと重要で、つまりこれは、敵の手札を見ても対策できない、ということにつながるわけ。カードの特性を覚えていないと、クリーチャーの防御力攻撃力に、手札中のアイテムがどういう影響を及ぼして、戦闘がどのように運ぶかが見えない。計算がいい加減だから、使わなくてもいい局面で要となるアイテムを浪費し、結果必要な場面ではアイテムが不足し負けを喫する。こうした非効率をあちこちで出した結果はもういうまでもないことで、今さらながらカルドセプトにおける勝利とは、いかに効率を追求できたかで決まると思い知った次第です。
カルドセプトの勝敗は効率非効率の総和であると理解すれば、対策のしどころは見えてきます。ブックから目当てのカードを効率よく引くにはどうすればよいか、少ない消費魔力で土地を確保するにはどうすればいいか。対戦の舞台を見据え、そこで展開される戦いを見越しての経営を事前に考えられない人間は、カルドセプト世界での勝者にはなれません。
つまり強い人間というのは以下のような人だということなのでしょう。
ちなみに、私の知っている自分とは、局地戦の多発する対戦は苦手というものなので、総じて荒れやすいという印象のセカンドは苦手です。荒れるのが苦手というのは対人戦の苦手にも通じるので、早めに対策しておいたほうがよさそうです。CPUにも心理的揺さぶりが効いたらいいんですけど、そういうわけにはいかないから、正攻法での対処をはかる必要があります。
しかし私は正攻法が苦手だもんだから、いったいそのへんはどうしたもんだろう……。