新聞部員の天羽。彼女の記事に関するもっとも古い記録は上岡の回想に現れる。「科学雑誌の記事」めいた連載コラム、この記事に興味を引かれたことがきっかけとなり、上岡は天羽を知ることになるのだが、その時期は上岡の他の証言によると一年前のこと、つまり彼らが一年生だった十月ごろであることが明らかだ。つまり昨年秋までに、上岡は天羽の記事を数度読んでいる。
だが川鍋部長の証言によると、天羽の入部は彼女が二年生になった今年度からのことである。部内での彼女の位置づけやその発言力から彼女が古参部員であるかの印象を抱いてしまうものの、意外や彼女は途中入部組である。
このことは意外な事実を告げている。新聞部員でもない天羽がなぜ連載コラムを持っていたのだろうか。
天羽と新聞部――むしろ川鍋とのというべきか――の関係は昨年の課外授業を取材した川鍋の記事に溯ることが出来る。この記事で川鍋は天羽と星原、弓倉の視点で記事を構成し、彼女ら三人の写真を紙上に掲載している。そのレポートが書かれたのは物語上で語られているその現時点より「ちょうど一年前」のことであり、つまりは昨年十月上旬から中旬にかけて。この時点では上岡は天羽のことを知らなかったとみるのが妥当である。というのは、上岡はこの記事と写真のことを憶えていない。一年経った今でも憶えている天羽との出会いの後にこの記事を見たのだとすると、憶えていないのは不自然である。このことからも、上岡の天羽との出会いはこの記事の発表されたさらに後、ということになる。
さて、川鍋が記事を書くにあたり天羽らを取材対象に選んだのはなぜだろうか。二つの可能性を考えることが出来る。ひとつは川鍋が記事を書くにあたり以前より新聞部に出入りのある天羽とその友人達に協力を願った可能性、もうひとつは現場で気になった彼女らに接触したという可能性である。だが天羽がこの記事の書かれた時点で新聞部に寄稿をしていたのなら、取材対象――モデルになることに素直に甘んじていたであろうか。彼女の性格なら、川鍋から担当記者の権利を剥奪してでも、自分で書こうとするのではないだろうか。それに、後者の可能性を裏付ける川鍋の証言もある。この証言からは、天羽は少なくとも課外授業以前には新聞部とのかかわりを得ていなかったと推測することが出来るだろう。
おそらくこの写真がきっかけとなって天羽が新聞に興味を持つに到った。またそのことを見抜いたぼんやりしているように見えるが実は鋭い川鍋が、部外者でありながらも記者としての能力に長けた天羽に新聞に寄稿するよう奨めた、という経緯がうかがえる。こういった、記事内容によっては臨時に記者を部外から募るというような特例措置はほかにも見られ、また新聞部員の大半が幽霊部員によって占められている事情もあって積極的に非部員の天羽の寄稿を歓迎するムードもあったのだろう。
要するに、川鍋は人不足解消のため部外だが記事の書ける天羽に寄稿を勧め、あまつさえその「とびきり優秀で、美人」の天羽さんを部員として抱き込むことに成功した、というのが真相だろうか。
すなわち天羽の連載コラムが開始されたのは少なくとも十月以降のことであり、新連載のコラムに興味を抱いた上岡が井之上にその話題を持ち出したというところだろう。また、井之上にこの話を持ちかけた時点で既に数回の連載がすんでいたということは、新聞が月刊ではなくもっと短い周期で刊行されていることを示唆しているかと思われる。
余談となるが、天羽の記事が部外者である時期からの寄稿というかたちで掲載されていたのなら、部外者に対する天羽のスタンスは少々身勝手に感じられないだろうか。だが、天羽のこの自分の領域を侵されたくないという強い思いは、いいかえれば天羽が自身の傷つきやすい部分を守らんがために引いている、強固な境界線ともいえるわけで、そういう面から見れば天羽も傷つくことを恐れ悩んでいる等身大の十七歳である。
そう考えれば、星原、弓倉と写っている写真で、天羽が弓倉の腕を取っている場面は、彼女の本当に信頼して友情を感じられる友達に対する甘えと読み取ることが出来るわけで、実にほほ笑ましい小シーンである。またそれがほほ笑ましいほど、その友人達と袂を分かち、誰にも寄り掛からず毅然と自分の弱さを隠し振る舞っている、まさに孤軍奮闘といわざるを得ない彼女の今の立場は、秘めた心情を察するに切ないものがある。
彼女の、特に心を許したもの以外への厳しい対応、険しい物言いは、得た友情や安心を失う辛さ、哀しさに、そもそも誰からも好かれず寄せ付けまいとする辛さ哀しさを引き換えようとする、切ない努力に思えてならない。
Real 10-1「フィールドワーク(1)」
上岡の回想:
もともと上岡は、学内新聞を読むのが割と好きという、聖遼学園でも少数派の生徒だった。まるで科学雑誌の記事のような連載コラムを読むたびに、どんな生徒がこの記事を書いているのかが、つねづね気になっていたのだ。
当時、1年B組だった上岡が、あるとき、隣のA組に在籍していた友人の井之上武士に、何気なくそのコラムの事を話すと「ああ、あれ書いてるのは、うちのクラスの天羽だ」という答えが返ってきたので大いに驚いた記憶がある。その硬派な文章タッチから、筆者は3年生の男子生徒か、新聞部顧問の先生だろうと勝手に思い込んでいたのである。
Real 21-1「待ち合わせ」
上岡の証言:
1年前、上岡が最初に天羽を見たときは、今よりもう少し長いストレートだった。
その時、ぼんやりと天羽のヘアスタイルを見ていて、鋭い視線でにらまれた事は、今でも忘れていない。
なお、先程の回想に現れるイベントグラフィック(天羽 No. 4)で、天羽が冬服を着用しているところからも、天羽と上岡の初めての出会いが衣替えを済ませた十月以降ということがわかる。
Real 03-1「ペンダント」
川鍋の証言:
部長の話では、新聞部も天羽が入部するまでは、ほぼ上岡が想像する通りの乱雑さだったという。天羽は2年生になってから新聞部に入部したので、つまり今年度から、整然とした部室になったという事だ。
Real 07-1「幻惑(1)」
上岡の証言:
その紙面に目を落とした上岡は、そこに新聞部の部長の名前を見つける。どうやら学内新聞の原稿のようだ。日付はちょうど1年前、高等部の課外授業があったときのレポートらしい。
課外授業の時期との相関関係から、川鍋の記事が作成されたのは十月中旬頃と判断される。課外授業の時期に関しては春と秋の二回という漠然とした形でしか記されていない。
Real 07-1「幻惑(1)」
聖遼学園の高等部には、年に2回、春と秋に「課外授業」と呼ばれる、3学年合同で行われる校外授業がある。
が、その記事の日付が「ちょうど一年前」とする上岡の証言から、課外授業は物語上の現時点より早い時期に行われるものと推測し、昨年の課外授業の写真での天羽が冬服であること、ブレザーを着ずベスト着用のみだった点、も考慮し衣替えのすんだ十月初旬にあると判断したからである。
Real 15-2「亜希子と下校」
上岡は昨年の課外授業の記事を見せられて次のようにいっている。
上岡の証言:
「へえ……そんなことがあったんですか?」
Real 15-2「亜希子と下校」
川鍋の証言:
「この写真を撮ったのがきっかけになって、僕がお嬢を新聞部にスカウトしたんだよ」
ドラマCD「ウワサ話の作り方」における東由利と弓倉のケースを参照
Real 09-2「七不思議に向けて」
川鍋の証言:
「だって、君たち以外の部員は、半分幽霊部員なんだぞ。週に何回、部室に顔を出すと思ってるの?
「週に1・2回だよ! 燃えないゴミの日じゃないってんだ!
「それも、おしゃべりの間に、たまーに取材に行って、たまーに原稿書く程度!
それらは君らも判ってるだろ。
「そんな幽霊部員が、まじめに調査すると思うか?」
Real 09-2「七不思議に向けて」
川鍋、天羽への印象:
「いいや、彼女はちっとも悪くない。きまじめで、とびきり優秀で、美人で……。」
Real 22-7「調査/屋上にて」
上岡の証言:
取りつくしまもない天羽である。部外者を交えて取材している事が、気に入らないのは明らかであった。上岡は、早々に退散しようと思ったが、天羽の態度に東由利が一言ないはずがなかった。
ドラマCD「ウワサ話の作り方」における東由利に対する天羽の対応も参照