手帳にはいつも旅立ちとメモしてある

愛すべき、わたくしに連なる皆々様へ

 僕はちょっとイタリアに行って来る。自分から強く望んでのイタリア行きではないが、もしこれが他の場所、地域だったら、僕は旅行を決意しなかったろう。はじめて行くならヨーロッパへと思っていた。それも西欧文明――それはひいては我々の文化にまで連なる――の源泉のひとつであるイタリアなら、昔からのおぼろげな望みも満足する。僕は子どもの時分より、常に西を見ていた。

 イタリアへの旅は、旅の旅足る所以を鑑み、日常と連なるものは置き去りにすると決めた。旅先に日頃日本での生活を持ち込むのは趣もなく、なにより旅に対して失礼である。となれば、日常の延長であるWWWも置き去りにするよりない。今回の旅には、PCは携行しない。当然のことながら、こととねの更新も行われない。

 ただ、情報を得る手段を失うのもまた不安である。よってhttpアクセスの可能なメールアドレスを緊急に用意した。アドレスは、僕に連なる人たちには既に伝えてある。一体いつアクセスできるかがまったく保証されていない、非常に塩辛い状況ではあるものの、機械(誤変換ではないぞよ)があればできるかぎりのアクセスを試みるつもりだ。ただメールを出すにあたっては、日本語環境が整っていない可能性が非常に高いために、嘘英語かヘボン式ローマ字でつづられることとなるだろう。ローマ字というのは、行き先のひとつにローマがあるからというわけではない。日頃の不勉強のたまものが、こういうときに露呈するのだ。

 現在の我々をとりまく状況に関しても話しておきたい。目下我々は、好むと好まざるとに関わらず、一種戦時下におかれている。周知のとおり、想像を絶するテロ行為に端を発した戦争は、日を追うごとに激しさを増し、またテロへの報復行為に対しての報復テロが予測されるなど、事態は想像以上に険悪だ。行き先であるイタリアは、戦争行為への加担は表明していないことから安全であろうとは思われる(2001年10月12日現在、外務省の発表する海外危険情報にイタリアは含まれていない)ものの、外務省・海外安全相談センター情報では、すべての海外渡航者に対する注意喚起がなされている。今回の道程に、アメリカ籍及び日本籍の航空機の利用予定はないものの、だからといって安穏としていられるものではない。

 二十世紀を代表する思想家、ヴァルター・ベンヤミンは、その労作『複製技術時代の芸術作品』において、いみじくも現在の状況を予言するかのような記述を残している。

破壊に破壊を重ねる戦争は、社会がまだ技術を自身の手足とするほどまでに十分には成熟していないこと、そして技術のほうも未成熟であって、社会の基本的諸力をまだ捌けずにいることを、証拠だてている。

ヴァルター・ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』

 技術の不自然な利用こそは戦争であると喝破するベンヤミン。彼が現在の状況を目の当たりにしたとしたら、果たしてどのようなコメントをするだろう。彼の謂を真摯に受け止めるなら、二十一世紀市民もまた技術に振り回され、自らを含めたすべてを台無しにする野蛮人に過ぎないのだろう。

 旅は二十三日までだ。その日は既に帰途についており、予定通りならばその日のうちに帰国しているはずである。予定通りなら、だが。もし予定が予定通りに運ばず、僕が帰国できていないようなことがあれば、もしくはそれ以前に、イタリア旅行中の邦人がなんらかの事故に巻き込まれたとの報を得たならば、慌てず騒がず、White House宛に抗議のメールと、そしてなんらかの反戦行動を起こしていただくようお願いしたい。

 では、元気に旅してきます。日々の些事の憂いに惑わされることなく、きっと異国伊太利を大満喫してくることだろう。帰国したならば、再び開始される更新によって無事をお伝えしよう。さればこれにて。I shall return. だ(MacArthurは嫌いだがね)。


註釈

ベンヤミン,ヴァルター「複製技術時代の芸術作品」野村修訳,多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』(岩波現代文庫,2000年)所収【,187頁】。

参考資料

中島みゆき
『with』 ポニーキャニオン PCCA-00558,CD【Singles II】
夏目漱石
『それから』東京:岩波文庫,1989年。
ベンヤミン,ヴァルター
「複製技術時代の芸術作品」野村修訳 多木浩二『ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」精読』所収【,133-203頁】 東京:岩波現代文庫,2000年。

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公開日:2001.10.13
最終更新日:2001.10.30
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