馴れ馴れしい、名指しの電話がかかってくる。こういうのはたいていセールスだ。電話口に出てみてもまったく知らない相手は、いらないものをいかがかいかがかと勧めてくる。勧められても必要ないものはいらないので、断るのが面倒でいつも困る。だから、この手の電話とわかったら――いやわからなくても、留守とでもなんでも理由をつけて断ってしまうよう家人には言ってある。もし本当に用事のある人間なら、またかけてくるさ。
しかし、この最初の試練を乗り越えられる場合もままあって困る。いかにもセールスっぽくない口調の相手で、しかもいかにもそういう名前の知り合いがいたときなんかは取り次がれてしまうし、家人が誰もいないときは自分が出なければならない。
自分が出た場合はまだ手がある。父親のふりをして、息子はいま出かけています。といってしまえばいい。どうせ相手は、こちらのことなんてなにも知らない。仕事が滞るのもいやなんだろう、あっさりと切ってくれて助かる。だから困るのは、取り次がれてしまったときということになる。
この手のセールスは、相手の言うことを聞いてしまったらお仕舞だ。決まった分量だけは、しっかりと話してくれる。しかもそれだけ聞かないと、断りを入れる糸口も見つけられない。しかし手をこまねいているのもしゃくなので、相手が話しはじめる前に確認を入れることにしている。
「僕は学生なんですが……」
これでたいていは切ってくれる。これが駄目なら、最後まで聞いて適当な嘘でもなんでもついて断ってしまう。断るためだったら、どんな嘘も辞さない。
同じ嘘なら、大きな嘘をついてみたい。業者向けにいくつか用意した嘘の中でも、もっとも効果があると思われる嘘。
「息子はもう死にました……」
これだけの嘘。痛ましい、悲しみに満ちた声でこれをやるとどうだろうか。想像するだけで楽しくなってくるが、さすがに内容が内容なのでいまだに使えずにいる。