書字

 世の中でもっとも美しい文字は、書字です。活字よりも、描き文字よりも、美しいものは書字です。手、指の延長から生まれる文字は意と形を内包し、もっとも美しく、気高くあります。

 文字とは、言葉の凝固したものに過ぎず、意味を伝達し、記録するための一手段に過ぎないという考えもあります。確かに、文字が生まれた第一の目的は、伝達であり記録でありましょう。文字が持つこの性質のおかげでわれわれは、先人の残した知恵や文化を知ることもでき、また後世に伝えることもできるわけです。ですが、それだけに留まらない、より高次の在り方が文字にはあります。

 文字が意味を伝達する媒体であることはもういいました。言葉を等価の文字に置き換えて、記すものが文字。ですが文字になった時点で、それは言葉とは違う体系に基づき、異なる価値を持つ別の宇宙になります。

 言葉がよすがとするものは音です。韻律、高低、響きをもって繰り広げられる、音の織りなす宇宙です。文字がもし、ただ言葉を引き写すものに過ぎなければ、それらは失われたままに、貧しいものとなるしかないでしょう。そして活字こそは、それらを捨て去った後に残る、概念の骨格として禁欲的に語る、機能そのものという姿を呈します。

 活字の機能性、均質なさまは、合理性を求めた近代以降において、事実もてはやされました。ですが、機能だけでは物足りなくなるのもまた事実です。活字の文化は、句読点を補い、感嘆符を用い、最近では顔文字、絵文字の類いも多用して、言葉から失われた潤いやリズムを取り戻そうとしています。

 書字はそれらを必要とはしませんでした。その、書くという行為が生む抑揚、濃淡、めりはり、地に点じられて鮮やかに映える書きぶりが、記号以上に雄弁に書き手の心情を語りました。そこには機能に加え、形象の美があります。意によって概念を表しつつ、形は概念を超えて見せる。この相生こそが、書字の美なのです。


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公開日:2001.05.10
最終更新日:2001.09.02
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