ふと視線を落としたときだ。自分の手の甲に、思いがけず褐色の斑点を認めてわたしは、心の裡に沸き上がる狼狽を隠すことが出来なかった。懸命に目を逸らそうとするものの、意思が通わないかのように、目は斑点を捉えたまま動かない。認めざるを得なかった。ぎすぎすに痩せ、骨張った手のあちこちに浮かぶそれらは、まごうことなく老人性の染みであった。
いつの間に、という気持ちを拭えない。記憶のなかで我が手は、今も豊かに肉づいて、つやつやとした光沢を保っている。それがどうしたことか。目の前に置かれた手は、どう贔屓目に見ても老いさらばえひからびた、吊るされた鶏の足を思わせる代物だった。
一体どうして、こうなるまで気付かなかった。自分はそれほど長く生きたというのか。あの夜の母よりも、自分は年老いたというのだろうか。あの夜――わたしは父母に老いの兆候を認め、なじった。淡々と冷酷に、言葉を選び、老いをあざけった。
はじめは確かに笑っていた母だったが、次第に表情をなくしていった。目は険を帯び、顔色は心なしか青ざめて見えた。母がなにかいおうとするその言葉ことばに、わたしはいささかの浅ましさをおぼえ、畳みかけるようにして面罵を重ねた。思い出せないほどに些細なことがきっかけだったが、その些事をもってわたしは母に、老いが精神をも蝕んだのだと宣告した。老いに気づかぬほどに貴様は老いたといい、老いは罪悪であるとさえいったのだった。もし自分が老いるというのなら、老醜をさらす前に、自ら命を絶つだろう。そう誇らしげに高らかにいってのけた若者はどこへいったというのか?
あの夜、老いた母を罵ったわたしはなおも、眼下にだらりと投げ出された細い指、とがった爪で、人生にしがみつこうとしている。