単なる学力だけではなく、総合的な能力を問うという触れ込みの試験。五百点満点の数値による評価は非常に高い信頼性を持つと評判で、就職の際、特に重視されるということもあって、大学生を中心に非常な人気を博している。ただ当然のことながら、試験の内容自体も、大変に難しいとして有名なのだけれど。
この試験の結果の効力は、新卒採用だけにとどまらない。そのため、ステップアップを狙う社会人の多くが受験しており、僕もその一人だ。難度が学齢別に分けられているので、自分に合う段階から参加できる。この間口の広さのせいで、今や老若男女を問わず、日本国中この試験に狂騒するというありさまときた。もちろん参加者の一人である僕に、その痴態を批判することなどできやしない。自分のレベルに応じた難度を選んで、エントリーしていくことになる。
試験を前日に控えたその日。一日の授業を終えた僕は、校舎ビルから吐き出される人の流れの中にあった。他の受講生にまみれながら、自分だけはまるで興味のないふりで、だが周囲のささやく試験関連の情報、噂に敏感だ。われわれは、高難度にチャレンジする一群なのだ。みな一様に覚悟はしているが、それでも今回の試験は今までに増して難しいという情報に浮き足立つ。余裕のふり、弱った顔つき、必死の情報収集。各種各様の思惑策略が錯綜する。
このような光景を目にするたびに馬鹿馬鹿しいと思ってきたし、今回も同様に感じた。あいまいな事前情報に振り回されるのも無意味なら、姑息な情報戦も料簡の狭さが鼻につく。そこで自分は、なに分からないことだったら、実際に見るにしかないではないかと、魂だけを抜き出して、試験会場を見にいくのだった。
試験会場に居並ぶ机と受験者。八階の窓を抜けて自分は、問題を確認し安心する。なんだ簡単じゃないか、言うほどでもない。すっかり気を抜いて、緊張の張りつめる会場を後にした。
しかし、それは大きな勘違いだ。八階の会場は小学校レベルの難度であり、最高難度は十一階が会場だ。十一階では、白衣の研究者然とした若い男が、壁面に据え付けられたコンピュータに向かい、試験の準備に余念が無かった。
白衣の男の背後、並ぶ机のひとつに試験用紙が置かれている。すでに鉛筆で解答が記されているものだが、この用紙について男はなにも知らない。そこへ一匹の、茶色のぶちのビーグル犬が迷い込んできた。犬はよたよたと会場を横切ると、椅子に上り、試験用紙の置かれた机に前脚をかける。そこでようやく白衣の男は、犬と解答の存在に気付いた。
翌日からのニュースは、その犬で持ち切りだった。327点という高得点をとった犬として、一匹の駄犬が天才犬としての脚光を浴びる。あらゆるメディアが犬を扱い、白衣の男の言葉が、もっともらしく記事を飾った。
犬の才能持て囃されるなか、一体誰がその才能を使うのだろうか? 役立つだろうと思うなら、さっさと犬を雇うがいいさ。ところで、327点を取った本物は、一体どこの誰なんだろう?