駅前の書店には、非常に好みの店員さんが働いているので、ついつい寄り道してしまっていけない。なにがいけないといっても、寄るたびに本屋を一巡り。欲しい本の、一冊でも二冊でも見つかってしまうではないか。欲しい本がなかったとしても、なにぶん店員さんが大変好みであるので、なにか欲しかった本はなかったろうかと、書棚を必死で探している。まさに鵜の目鷹の目、すっかり書店のやり口にはめられてしまっている。
思えば、こういうことは昔にもあったのだよ。駅裏手の書店、僕はもう大学生だったろうか。店員さんがやみくもに好みだったため、思わず『はいからさんが通る』を全巻買ってしまった。その店はもうつぶれてしまったけれど、このことはよい思い出として胸の奥にしまわれている。まあ、つまりは、僕というのはそういうやつなんだ。
件の店員さんはどちらかといえば地味な感じの人で、美人ではなくまたかわいらしい感じでもない。おとなしやかでもなく、あでやかなどでは決してない。それこそ、不器用さと一途さのないまぜになった、ぎこちない笑みに人柄の透けて見える、いつか見た懐かしさのような人なのだ。
その人がカウンターに見えると、寄らずにはおられない。レジに行列ができていると、空くまで待ってしまう。その人が慌てなくて済むように、でもその人はどうしても慌て気味に、いつも余裕がないように見えてしまうのだった。世界の真ん中に居ることの気まずさ。それを彼女から感じるたびに、すべての人はすべて世界の中心であるはずだのにと、瞑目したい気持ちにあふれる。
今日はその彼女に、いつもとは違う雰囲気を感じたのだった。どこが違うのだろう。店内を二周し、かつて欲しかった本を見つけ出して、支払いのときに声をかけたのだった。
「眼鏡、かえましたか?」
「いえ、かえてないです、かえてないですよ」
じゃあ、きっと僕の目が違ったんだろう。
今日は、星が見えないなあ。