テレビの中の失業者たち。彼らは僕の胸を締めつける、といるのも僕は彼らの姿に自分をうつして見てしまうからだ。しかし、他人事とも思っていた。昨日の夜までは……
僕たちは不況下の日本に生活している。仕事を探しに行っても、多くの人はそれを得ることができない。加えて企業は、リストラの名のもとに、大量解雇を行っている。そして、日本には合理化をともなわないリストラがあるのだからやりきれない。
僕の働いている職場は予算が少ないにもかかわらず、その要求は限りない。新しいコンピュータシステムとその管理者を導入しようという話になった。しかしお金はない。よって彼らは一人解雇すると決定した。僕? あるいは僕の同僚のひとり?
仮に残ることができたとしても、僕と僕の同僚は、過酷な条件下で働くことになる。というのも、二人で三人分の仕事を担わなければならないからだ。そこで我らの首脳陣は、素晴らしい一案を見いだした。彼らは我々に、報酬無しの超過勤務を課すのだ。
なぜ君は、人権の侵害に対して声をあげないのか? それは、自分の首が切られることを恐れているからだ。その決定は、暗に服従か死をせまるものだ。権利の旗の下に闘うことは、誇り高き死を選ぶことに等しい。我々にも生活がある。地下鉄の切符一枚にも劣る使い捨ての我々には、彼らに従うほかはないのだ。
日本では、無償の労働は珍しいものではない。超過勤務、休日出勤。存在しないはずの人びとが働いている。僕の友人は、二ヶ月間休みがないと嘆いていた。彼は早朝に出勤し、深夜に帰宅する。生活のための労働が、生活を蝕んでいる。日本経済は、人間性をすりつぶしながら肥え太った。衰退してもなお、略奪に余念が無い。存在していない我々が、今日もそれを支えている。
しかし、我々は糾弾しない。もし我々が死んだとしても、なにも変わらない。新たな哀れな奴隷たちが、我々に置き換えられるだけだ。僕は、希望から目を背けてしまった。
フランスの友人たちよ、君は笑うかい? 我々を、そして僕のことを。
(初出:Allons au Japon!,オリジナル:フランス語)