下駄

 下駄を買った。盛暑を過ぎた頃、たまたま安く履物を買える機会があったというそれだけのことで下駄を新調しようという気になった。単純なものである。はじめて下駄を買ったのは、正月を間近に押し迫った暮れに買い物に出た黒門市場で、一足千円で売られていた。まだ小学生であった。都合十年ほど履いて、ついには踏み抜いてしまった。それぎり今まで買わずに済ませてきただけに、新しい下駄を買うとなると少々嬉しくなる。繋ぎに履いていた父親のお下がりは少し小さくて、歩いているうちに踵が痛くなってくる。造作自体はよいものだったが、足が痛くなるでは困る。この際、これは片づけてしまうことにした。

 販売場はまだ朝の十時をまわったところだというのにかなりの人出がして、よいものを安く買おうという人は多いということか、目当てのものが売れてしまっていたらとむやみに人を不安にさせた。下駄がそんなにすぐに売り切れるわけもあるまい。家人に頼まれた味噌を心配したのである。ここの味噌はいつも人気で、事実昨日は開場早々売り切れたそうであるが、味噌はまだ残っていた。下駄もあった。履いてきたものと合わせて板の大きくなっているのを確かめた。上等下等のふたつがあったので、普段履きと余所行きにと両方を買って帰った。帰り道に早速普段履きを履いてみた。

 鼻緒が少し固かったのではじめは手で押し広げた。道はアスファルトである、膝には負担である、下駄の傷みももちろん早い。からころと下駄の音がするのが好きだ。暑い日盛りを本屋に寄って幾冊か購入。店内に下駄の歯音が響く。乾いた木の音は心地よく涼しげだが、まわりにはさぞや迷惑だろう、退散した。日向を避けて歩くが汗は出る。そのうち鼻緒が痛くなってきた、すりむけていた。年数回の下駄草履で足を痛める若い娘を笑えないと苦笑した。下駄を替えたらば今度は踵が痛い。まだ坂は続くのに、道程はやっと半分だというのに、である。


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公開日:2002.08.28
最終更新日:2002.09.03
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