ミステリープレイスガイドブック

 旧領主邸の一室、壁面にしつらえられた巨大な木製の仕組み。それを作動させることで霊を呼びだすことができるという記事を、古書店で偶然手に入れたミステリープレイスガイドブックで見たわたしは、はるばるイタリアを訪れていた。わたしは、オカルト関連のライターとして生計を立てており、この旅行もその取材のためである。

 ミステリープレイスガイドブックも、取材先のイギリスで手に入れたものだった。さすがは怪奇幻想大国イギリスとうならせる出来である。ガイドブックは十九世紀に出版されたもので、ヨーロッパ各地に見られる怪奇現象が、知られているものも知られていないものもあわせて、実に詳細に記されている。記されたもののいくつかはすでに失われ、いくつかは謎が暴かれてしまった。だが中には紛れもない本物がある。わたしはそれを追って、何度もヨーロッパに渡っていた。

 今回の目的は、イタリアのとある邸宅に残された交霊装置の検証であった。日本からの問い合わせに対し、長年そのままに放置されているため実際のほどは不明であるが、そのような言い伝えは確かに残されているという説明を得た。霊的な作用があるため、普段は公開していないというその一室を、特別にわたしのために開けてくれることになったのだった。

 装置は、一見すると自動オルガンのように見えた。オルガンと異なるのは、パイプ及び鍵盤がないこと。壁一面に、左右対称になった木製の機関が、普段は何の変哲もない壁の装いでしつらえてある。天井の高さに比べ奥行きのつまった、息苦しい部屋である。窓のひとつも開けられていないことが、重苦しさを際立たせていた。

 装置は、上下二階層になっている。一階部分の左側に、人一人が入れる小部屋が作られている。ガイドブックによれば、装置を作動させると小部屋が二階に上昇し、装置の反対側、ちょうど小部屋と対象になる位置に霊が現れたという。わたしは小部屋に入り、案内してくれている老人に装置を動かすようお願いした。小部屋の扉が自動で閉まると、ぎしぎしと構造がきしむ音を立てながら、自分の入っている箱が上昇するのを感じた。

 小部屋が停止した。開かれた箱のその向かいに、幽鬼のようになった黒衣の影が、その姿もおぼろげに出現した。なにを語るでもなく、どこを見るでもなく、ただ男が立っていた。一階からも彼の存在を確認できたらしい、わたしの名を呼ぶ声が聞こえた。わたしは一階に降りると、しばらく、出現した霊を見やっていた。

 彼が一体誰なのか、それはガイドブックにも書かれていない。案内の老人もガイドブックをのぞき込んで、非常な興味を示していた。もしかしたら、没落したこの館のかつての当主だったのかも知れない。誰もが少し興奮していた。わたしは取材がうまくいったことに機嫌をよくし、老人に礼を言ってここを辞そうとした。その時、老人は急になにか思いだしたように、わたしを待たせ奥に下がった。しばらくして帰ってきた彼は、手に一体の人形を抱いていた。


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公開日:2002.12.31
最終更新日:2002.12.31
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