道々から覗いた店先に看板が掛かっていると、それだけで僕はその店に入って、一冊でも二冊でも欲しい本はないか、買える本はないかと探してしまう。つまりは僕は意志薄弱にして、美しい娘にことさら弱いということをいっているわけであるが、ともあれこの看板のせいで、うちには同じ本屋の袋ばかりが何枚も溜まってしまって、袋には困らないが、出ていく金と入ってくる本の甚だしさに、少々困り果てている。そんなだから最近は、看板の掛かってない日には目当てを押さえるだけにしておいて、看板の掛かっている日に買おうと心掛けるようになった。だが、こうして待っている間は決して看板は掛からないのであって、そのうちに本を読みたい気持ちは募るもんだから、思いきってまとめて買ってしまう。そうしたら、まるで見透かしたように看板が掛けられて、仕方なしにまた一冊でもと本を探してしまう。
半年ほど前からだったろうか、お気に入りにしていた看板が出ない日が続いて、すっかりやめてしまったのだろうと思っていた。代わりに出ていたのが、どこか儚げであやうさも漂う、前髪がやはらかにカールした娘で、おずおずとしかししっかりとお辞儀をする。銀縁の眼鏡も美しく、いつしか僕はこの娘を見れば本を探すようになってしまった。一度なぞは、レジ後ろに並んだ新刊本をわざわざ取ってもらって、中身を見たらもう持っていたものだったので、詫びて戻してもらった。詫び方が大層だったのか、笑われた。その笑いも遠慮勝ちで、でも親しさが感じられたので大変に嬉しくなった。彼女が今の一番の看板である。
その看板が、このところ掛からないのである。もしかしたら学生なのか、試験かなにかかしらと思った矢先、以前の看板娘が店に出ていた。勝手にやめたと決めつけていたが、たまたま会わなかっただけだったようだ。僕の生活のパターンを変えたのが原因らしい。こんなで、今僕にとって看板は二枚あるのである。