鳥は片側の脳で眠る

 夢と現実が混濁するなかで数字を読み上げていた。午後四時半をまわろうとするころ、左目だけで、ぼんやりとかすんだ表を、必死の思いで追い続けていた。請求記号が告げられるたびに、それに応ずる登録番号とISBNを返していく単純作業。右目は疾うから閉じられて、勝手に夢を見始めていた。夢と現実が混じり、そして番号を読み違えた。

「276-顔を立てて……

 一瞬夢に沈み込んだ頭だったが、読み間違いに気づいた瞬間に覚醒した。読み合わせの相手が、状況を理解できずにこちらを見ている。なんでもないと流してしまいたかったが、流すには失敗が唐突すぎ、あまりにはっきりとしすぎていた。説明責任が生じたことを認めて、しばらくの間寝ながら仕事をしていたことを白状した。夢を見ていたことも、そして夢のなかで人間関係のすり合わせに心を砕いていたことも、全て洗いざらい。しかし彼女はこちらが眠っていた事実についぞ気付かず、番号の読み間違いも、最後の一度を除き皆無であった。私の脳は半分眠り、そして半分は確かに起きていたのだ。左脳が見る夢を意識しつつも、右脳は作業に従事し続けていた――

 鳥は、脳の半分だけで眠るのだという。脳の片方ずつをかわりばんこに休ませながら。それは渡りをする鳥に具わった能力であり、彼らは起きている側の脳でもって休みなく飛び続ける。覚めながら眠り、眠りながら覚めているという状態が、長距離の渡りを可能とする。これこそはまさに自然が与えた脅威的能力である。生物というものが、環境に順応せんかせまいかのせめぎあいのなかで進化してきたことを物語っている。時に地球を半周もするほどに長距離を渡る彼らにとって、休みなく飛ぶことのできる身体システムはなににもまして必要だったのだ。すべては生存への本能が勝ち取らせた、必然的帰結であったに違いない。

 そして彼らは海をも越えてゆく。それは夢と現実の混じるなかでの飛行なのだろうか。


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公開日:2002.10.23
最終更新日:2002.10.23
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