ストレッチマンの思い出

 夜、NHKの番組紹介で『ストレッチマン』が紹介されていた。ストレッチマンとは、障碍児学級や養護学校で学ぶ子らを対象とした、教育テレビの番組のヒーロー。今や押しも押されもせぬ立派なヒーローであるが、シリーズの発足当初は、番組のワンコーナーを飾る地味なヒーローだったはずだ。その頃は番組名ももちろん違って、『グルグルパックン』といっていた。実をいうと、僕はこの番組のオーディションを受けたことがある。

 『グルグルパックン』はNHK大阪の制作である。NHKは番組開始に際し、近隣の劇団や学校に番組オーディションの通知を出し、僕は大学の求人掲示板でその募集を知った。思い返せば僕がまだ短大生だったころで、平成五年の秋あたりにオーディションは行われたのだと思う。

 募集されたのは、ストレッチマン役と、劇パートでの主役二名だった。もちろん僕は運動が得意ではないので、ストレッチマン志望でなぞありえない。オーディション会場である旧NHK大阪局で関連資料を受け取って僕は、自分の番が来るのを待つのだった。

 さて、僕の応募した役とはどういうものだったのだろう。それは、下膨れの段だら模様の着ぐるみのぼけ役で、のっそりとした印象を感じさせるキャラクターだった。名前は覚えていない。対して、ヒロインとなるキャラクターはいわゆるお姉さんタイプの突っ込みで、こちらは着ぐるみではない。名前はチョコといったように思う。

 オーディションの内容は、渡された楽譜(有名な歌だ)を歌い、事前に渡されていた脚本どおりに役を演じるというものだった。はじめに簡単な口頭試問があり、打ち解けた雰囲気に安心する。ただ、その問答がどのように進んだものか、僕は課題曲ではなく、『ぼくのブランコ』というのを歌った。この歌は、四肢不自由の子を歌ったもので、子ども時分に所属していた合唱団で歌ったのでよく覚えていた。なんの用意も作為もなかったのに、この歌をあの場で歌うことになったのはある種の天啓に似たものを感じさせる。

 しかし、僕にはここまでだった。僕には、演技の経験がなかった。お姉さん役に合わせて演じるというそのことがまったくできず、うつむいて早口に台詞をこなすのが精一杯。もちろんこれで受かるはずもなく、着ぐるみの中身となる夢は、当然のように潰えたのだった。

 もしあのオーディションに受かっていたら、僕の人生は変わってたろうと、ストレッチマンを見るたびに今でも思う。けれど、あの経験があって今の僕があると思えば、あれもまたひとつの大切な段階だったのだ。なにしろ僕の知りあいに、オペラのオーディションに出たやつはいても、着ぐるみのオーディションに応募したものはいないのだから。落選もちょっとした自慢に思っておこう。

 ただ少し残念に思うことは、オーディションの資料をどこにやったか分からないことだ。その中に、ストレッチマン体操の手順もあったのだが……

関連サイト

ストレッチマン(グルグルパックン)関連

『ブランコの歌』関連


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公開日:2002.04.08
最終更新日:2002.04.08
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