意志薄弱にできている僕は、その機械を怖れていた。硬貨を差し込んで廻すと、子どものこぶし大のカプセルを吐き出すという、あの機械だ。僕は、ある漫画の登場人物をキーホルダーにしたシリーズにはまっていた。否、はまることを断じて拒否しようとしていた。身の回り、日々の生活の半径に、件の機械がないことに安心を覚える自分だった。だのに、ある病み上りの夕刻、仕事に疲れ果てた僕を待ち受けるようにその機械があった。人込みを避けて、いつもの通勤路を一筋それたのが運命を分けた。加えて、その日の自分は、財布に四百円の小銭があると知っていた。
なにしろ元来が意志薄弱という僕だ、その機械の持つ力に抗えるはずなどなかった。機械の前にしばし逡巡するも、それはまったくの無意味に終わった。
機械に残るカプセルはわずかであった。横手から覗き見て、自分の持っていない人物が残っているか確かめるものの、残念ながら明らかに見て取ることはできない。小銭を取りだし、二枚機械にはめ込む。ぎりぎりとダイアルを廻せば、カプセルは――出てこなかった。おかしい。二三度ゆさゆさと機械をゆすってみる。すれば、カプセルが遅ればせながらに転がり出てきた。それは榊さんであった。榊さんはすでに持っている。残る小銭をすべて投入して二度目に懸けたものの、よほど縁があるというのか、出たのはまたも榊さんだ。その時、どこかでなにかが切れた音が聞こえた気がした。
ガラガラッ
「すいませーん、表のまわすやつやりたいので、両替してください」
五百円を崩す。これで二度ほどできる。出たのは、ちよ、そして大阪(敏しょうやー)。しかし、目当てのものではなかった。
ガラガラッ
「たびたびすいませーん、また両替してください」
千円を崩す。だが、千円をすべて投ずるのは危険すぎる。安全のため、五百円玉も混ぜてもらった。先の釣り銭の百円を加えれば、三度できると踏む。また同じものが重なることに不安をよぎらせながら、五度目のダイアルを廻した。よみ でた! 心機一転の挑戦が功を奏したか、思いがけぬ単純さで、目当ての人物がついに我が手に落ちたのであった。常の自分なら、きっとここで満足し得ただろう。だが、その日の僕は違った。後、智を加えることで、自分の持つこのシリーズが完全に充足する。この誘惑が、僕をしてさらにダイアルの回転に駆り立てた。
廻す。神楽だ。神楽は、僕の一番始めに得たものであった。神楽を、他の人物ほどに好いていない自分は、その時覚えた多少の落胆を、今もはっきりと記憶している。神楽を得て、手元には二百円が残る。だがこうなった以上、後に引くことなど考えられようもない。カプセルがすべて売り切れていないことを簡単に確認して僕は、いささかの躊躇いもなく最後の二百円を投じたのであった。
人生もまだ捨てたものではないと天を仰げば、五月の曇り空がやけに晴れやかに見えた。今日は好い日だ。