それは、僕の最も会いたくない女の筆頭であった。大学の一級下。かっちりした服装で、身持ちのよさそうな女という第一印象があった。授業の終わるごとに教員に質問に行くという熱心さで、だが今思うとそれは話しかけが目的であり、内容は問題ではなかったと思うのである。人恋しさの具現したような女で、表現の仕方は常に誤っていた。すべてを自分に向けたい気持ちが勝っているために、これと相手が決まれば妄念に突き動かされるままになる。その女は第三者的自己を持たなかった。手前勝手な理屈がすべてを支配する結果、ストーカーまがいの行為をする女として知られていた。父性的なものに簡単に執着した。僕はすんでで切り抜けたが、代わりに一人教員が犠牲になった。
よりによってというほかない。現れてはならない人物が目の前にいる。先輩、と小首をかしげる得意のポーズで一言、そして近寄ってきた。神を恨んだ。なぜ今この時に彼女を遣わし賜うたか。普通のものなら女連れの僕に遠慮をするだろう状況だが、もとより常識が通じる相手ではない。先生ったらひどいんですと、もう四年を卒業したというのに思いはまだ覚めないらしく、延々物語られてしまった。
「今、僕はこの人を口説いている最中なので――」口を挟むが、聞く耳も持たない。むしろ、口説かれていた相手が、僕のあからさまなエクスキューズに驚き呆れていた。その場は妄動の独り舞台となり、なにを引き合うものでもあったか、ふたりの女は意気投合した。住居が近かったのが原因か、あるいは御互いどこかを欠いた悲しさを感じたか、すべては僕にとって逆風であった。
僕の愛した女は理想的姉の姿で、あの女を妹なみに遇した。マーシー気取りか、奴は先輩先輩と彼女に付き従い、一時なぞは辟易させていた。だが、僕の知るかぎり二人の仲は存続した。独り占めを狙う女は僕にあの手この手の嫌がらせを。僕は清濁併せ呑むべきか自問せざるを得なかった。