融和

 現地で落ち合うとの約束だったので、スタジアムの最後列通路を、待ち合わせの相手を探して歩いていた。試合はもう始まっていて、フィールドを見下ろせばフォーメーションが手に取るよう。だがアメリカンフットボールなど見たこともなければ、ルールもろくに知らない。試合などは、デートのための、まったくの口実であったことがよく分かろうものだ。

 手を振る姿が向こうに見えた。すらりとした長身に白いブラウスが映える。向こうも探してくれていたらしい。髪をまとめているのがさっぱりとして素敵だった。隣には彼女の友人の姿もみえるが、まあそれは致し方がない。小さなことと、気にしないことだ。

 空いた席を探して歩く左手下方に、私を探すもうひとりの彼女の姿が見えた。長い髪をそのままに、浅黄の和装。所在なげに、これもまた友達連れで、結果としてすっぽかしをかけたことを申し訳なく思った。女連れで鉢合わせするのはいかにもまずい、それくらいの分別はあった。さりげなく歩みを進め、客席後方に位置を占めた。

 一応は試合を観るが、さしてよく分からないというのは先にもいったとおり。むしろフットボールを出しに、なにげないことを話し打ち解けていった。試合は順序よく進行し、ハーフタイム。私はちょっとした口実を設け、席を外した。

 もうひとりの娘のことが気にかかったのだろうか。急な階段を下りていくと、浅黄の着物の彼女が見えた。つまらなそうにして、私を見付けると少々もの言いたげな表情を作った。当たり前だ。彼女からすれば、私は約束の時間を破ったのだから。

 小柄な彼女は白いレースの日傘に隠れるように、さすがに気分を害しているのだろう。だが私は悪いことに、ことさら彼女を怒らせようとしている。今までなにをしていたかという問いに、別の女と一緒であったと告白しようとしている。好んで最悪の状況に向かうこともあるまいに。だが私はそういう人間なのだ。

 有り体に今までのことを報告すると、彼女はすねてそっぽを向いてしまった。もうなにも話したくないといったそぶりで。けれど、せめて言い訳くらいはさせて欲しい。これは、男の悪い性というか、すっぽかされる危険に保険をかけたかったというか、だがそれでもどちらかが本命というわけでもなかったのだと告げる。こんな言い訳が通じようはずもなく、彼女はあきれがちに、けれども少し笑った。

 目の端に、こちらに向かって階段を下りてくる、もうひとりの娘の姿を見付けた。帰りの遅い私を探しに来たようで、そうして見付けたのが別の女と話している私である。こりゃ最悪だろう。最悪も最悪、なにしろ私の誘ったふたりは同じ学年、同じ科の知り合い同士なのだから。

 一続きの席に腰を下ろした彼女に、和装の彼女が話しかける。現状況についての説明がなされたのたが、それを聞いて、長身の娘はさもおかしそうに笑った。仕方がないねという笑いで、あきれてはいるが決して怒っているようではなかった。さばさばと屈託ない様子に、浅黄の彼女も怒りを収めたようだ。こうして我々は和解し、一緒に試合の続きを見ることに決まった。

 ことが大事に至らないのはいつものことで、ことが進行しないのもいつものことで、結局すべては友人関係の中に解消されていく。浅黄の彼女のちんまりとした愛らしさに心引かれる私は、この日この事件をもって、日に照らされて涼しげな彼女の懐の広さ、空の高さ、すがすがしさに心を移していった。だがすべては友人関係に融けてしまって、劇的な展開に向かうことなど期待できるはずもなかった。これもまたいつものとおり。


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公開日:2004.06.14
最終更新日:2004.06.14
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