教室だったのかも知れないし、リビングであるとか喫茶店であるとか、そうした日常っぽい場所だったのかも知れない。よく覚えていない。はっきりしているのは、机を挟んで、高校の頃一学年下だった娘と話をしていたということくらいだ。話の内容もまったく思い出せず、けれど双方穏やかだった。部屋は暖色の光に照らされて、がらんと広かった。あたりには誰もいなかったから、やはり教室だったのかも知れない。
娘とはいうがすっかり大人になっていて、だが彼女の一番美しかった時分を反映しているのが夢の夢らしい所以か。髪は肩ほどの長さ、黒髪だったが、高校を卒業してからは軽く赤めに染めていたはずだから、いろいろな時期の彼女が、ちょうど自分の好みに応じて混ぜ合わされている。服装は――、制服ではなかった。落ち着いた、若妻風というのか? いずれにせよ現実の彼女はとうの昔に結婚してしまっているのだから、まったく今にして虚しい懐古趣味、だが夢の中では彼女は現実そのものだから……。
彼女に負い目があった。一方的に感じているだけで、実際負い目に思うことなどないのかも知れん。だが、偏屈な青春時代に彼女の存在はありがたく、私は父や兄の気持ちで接していたつもりだが、本当のところはどうだったか。なぜ今更にしてこんな夢を見なければならないのか。
可愛い娘だったが、媚を売るようなところはなく、素朴で素直ないい子だった。整った顔立ち、口元にほくろがあった。儚げというよりも元気さを感じさせる、私は陰性の人間なので、常に彼女の明るさにしり込みしていた。
その彼女と話して、私は私の中にあったわだかまりをやっと流すことができた。つかえの正体はわからぬままに、けれど私はなにか得心するものがあった。席を立ちかけ、彼女に別れを告げようと振り向けば、私の手に彼女の手が触れ、暖かいと思った。その手のぬくもりだけで、すべてが報われたと思った。
だから、私はなんの怖れも心配もなく、部屋を出ていくことができたのだ。