血溜まり

 転べば命はない。背中に鎧のたてるやかましい物音を聞きながら、庭をまっすぐに抜けて生け垣を飛び越し、お屋敷を囲んで流れる用水に飛び込んだ。流れはだくだくと速く、あっという間にお屋敷が遠ざかる。二度三度と水に飲まれ死ぬような思いをしながらも、ここなら鎧も追いかけてはこれまい。流れの合間に一緒に忍び込んだ村のものの顔が見えた。じきに用水は川に流れ込む。合流点を過ぎれば流れが弱まる。俺たちは示し合わせたとおり、河辺に群れる葦にまぎれて、陸に上がった。葦原に竹竿がつったてられて、結びつけられた青く染めた布が目印だった。

 青い布が点々と、枯れ枝や竹の垣になびいているのを追いかけて、途中墓場を抜けた。簡単な墓石にまぎれて、石造りの手や顔が際立って目立っていた。お屋敷には、人を石に変えるのがいるらしい。手だけとか足だけとかが石にされて、放り捨てられていたのを拾って墓石に代えた。目にするたびに、生前の姿をまざまざと思い出させる。さぞ無念だったであろう。唇を噛みしめるように急ぎ通り過ぎると、墓の出口で三人別々に別れた。

 やつらの一味につけられているのは間違いない。じきに追いついてくるだろう。顔を見られたのは俺一人だから、三人で一緒にいるのはまずい。路地を曲がろうとする俺に、村の子供が二人話しかけてきた。さっさと家にお帰り、なにせ俺は追われている。だが、むざむざやられるつもりはなかった。

 追いかけてくるのは、血の色をした、人の頭ほどの大きさもある水玉だった。ふたつみっつに別れたかと思うと、またひとつにくっついて、地面を跳ね、影のように地面にはいつくばって、はっきり俺をめがけてすごい速さだ。俺は長屋の裏手、太い木で囲まれた格子に飛び込み、うちからかんぬきをかけた。赤玉が格子など気にせず入り込んでくるのを見ながら、俺は狭い戸口に飛び込んでいた。中は畳敷きの通路で、低い天井、狭い道が坂になっていた。駆け上がると、竹竿を引っつかんで、赤玉が上ってくるのを待ち受けた。案の定、赤玉はのろのろとしか上がってこれない。床にべったりべったりと吸い付くようにして、ようやく俺の足下まできたそいつを、竹竿で突き落とす。数度繰り返して、最後に竹竿を奴に突き立て、そのまま下まで、ころがるようにして飛び降りた。戸口を急いで抜け、閉ざす。格子組の一番端に抜け道があった。足下に小さく空けられた口からはい出て、杭を打ち込む。これで赤玉はここから出られない。ここはやつらを閉じこめるための罠だったのだ。

 一仕事を追え意気揚々と引き上げる俺は、やはり油断していたのだろう。すぐそばに南蛮鎧がいるのに気付かなかった。振り返りざま、慌てて駆け出して転んだ俺に、南蛮鎧は剣を振り上げて深く突き刺した。


日々思うことなど 2005年へ トップページに戻る

公開日:2005.02.10
最終更新日:2005.02.10
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。