私がまだ学生だった頃の話。
同期に気持ちのよい女の子がいて、べたべたした感じもなければ、さばさばしているという風でもない。本当にいいご家庭で育ったというのがわかる女の子だった。背丈が小さく、見た感じはすごく幼く見えるのだけれど、なにしろピアノなんか弾こうという人だったから、中身はしゃんとしてた。結構気に入っていたんだ。しかし、例によって例のごとく、ふたりの間にはなにもなかった。
私たちはいい友人だったと思うのだ。学校が引けてから一緒に帰ることも多く、電車が途中まで一緒だったから、道々いろいろなことを話した。だがなにしろずいぶん昔の話だ。なにを話したかまでは覚えていない。
南から北に向かって走る夕刻の電車内。扉付近に立って話していたとき、西日がその人の顔に差すのを見て、さぞまぶしかろうと自分の体で影を作った。乗り換え駅までの数分をそうして過ごし、だがあれはなんだったのだろう。降りぎわにその人の言った「こんな優しさもあるんだね、はじめて知った」というお礼の言葉に、なぜか私は不快を示した。鮮やかなねぎらいの言葉に、この人とはもう駄目だと思って、実際この日をきっかけに、少し疎遠になったように思う。
学校を出てからは、いよいよ疎遠になった。連絡先も知らなければ、連絡をつける口実もない。なにより、連絡をつけようというその気がなかった。
ある日のこと、土曜日、講義を終わって帰ろうとする門口で、思いがけずその人に再会した。質素なピンクのワンピースで、日傘を差す彼女は化粧をしていなかった。口紅さえささない人は、色白であることも手伝い、ひどく印象の薄い、ぼやけたような顔立ちであったが、私にはそれがすごく可愛く思われた。清楚だと思った。その人は書類を取りに来ただけと言って、化粧もしないで恥ずかしい。恥じるそのしぐさがなおさら可憐であった。
後にも先にも、あれほど惜しいと思ったことはなかったね。