深海に建造された居住区で人間がどれだけ生活できるかを試す実験だったのだと思う。私は実験参加者に選ばれたのだか志願したのだか、とにかく海底居住区に降りていって、地上と連絡をとりながら暮らしていた。地上基地には変わり者の研究者がいて、彼はもうほとんど死んでしまっていて、身体の機能はほとんど働いていない。見るからにぼろぼろの、死霊のような姿だった。
私がどれほど海底施設で暮らしていたのかはわからない。狭い縦穴をはしご伝いに上り下りして、途中同僚といきあったりして、こういうところはレトロなSFを彷彿とさせた。もしこれが現在の施設なら、できるだけ地上と変わりのないように作られていたことだろう。
はしごを降りていこうとするとき、私は自分の左手首がかさかさに乾いていることに気付き、触れてみればばらばらと組織が層になって崩れ落ちた。手首を走る動脈や静脈はどうなっているだろう。私はこの様子を見て、自分はもう長くないと覚悟した。一時などは、再び地上に戻れないことも考えた。
だが、海底生活に関する実験も一段落ついたのか、私は急に考えを改めて、地上に戻る気になった。連絡艇に乗り込み、地上に向かって浮かび上がっていく。泡、だんだん明るくなる周辺、そして海面が頭上に揺れるのが見え、こうして私は再び地上の人になったのだ。
船を降り、基地内の研究室に向かうと、そこには例の研究者が忙しく働いていた。しかし彼の姿は以前見たときとはすっかり変わっていて、肉体はとうに朽ち果て、真っ暗な宇宙のような闇の中に神経系が張り巡らされた、およそこの世のものとは思えぬ有り様だった。
研究者は振り向きもせず、我々帰還者にねぎらいの言葉らしいものを簡単にだけ。だが私は上の空で、彼の姿に将来の自分を重ね合わせていた。私の左手首はささくれだってひび割れて、手先の繋がっているのが不思議に思えるほどにまで崩れてしまっていた。