私が迷い込んだ建物はがらんとした廃虚のようで、しかし私はここで拷問がおこなわれているということを最初から知っていた。壁を見ればクリーム色だったらしい塗料も剥げかけて、緑に塗られた金属の窓枠もあちこちに錆が浮いている。ほこりっぽい屋内は、日がさんさんと差し込んでいるためかさほどの不潔さも感じさせず、しかしここでは日々拷問がおこなわれている。
私は身をかがめて部屋をひとつふたつ通りすぎた。行き過ぎざまに窓からのぞき込んだ室内では、大きなスクリーンに拷問の様子が映されていて、さながらそれらを展示する博物館かなにかであるかのようだ。そして三つ目の部屋。そこはこれまでの部屋とは様子が違っていて、私は音を立てないよう細心の注意を払いながら、入り口そばに身を寄せ室内をのぞき込んだ。
そこには縛られた女がひとりあった。どこにでもいる主婦といういでたちで、私はやはりこの人が外からさらわれてきたということを知っている。そこに男が二人あらわれた。女はこれからなにが起こるのか恐怖で蒼白で、声を出すこともできずにいる。これからおこなわれるのは、油と縄を使った拷問だった。
がらんとした室内に不似合いなガスコンロが床に直置きされて、鍋には油がぐらぐらと煮立っている。そこに汚れて黒く変色した太い縄が浸けられた。格上らしい男は何度か縄を油に泳がせると、ゆっくりと取り出して、その丸められた端を女に押し付けた。熱さと恐怖、苦痛にあげられた悲鳴が建物に反響し、私は見ていられなかった。この拷問は、なにかを聞きだすためであるとか、そうした目的があってなされているのではない。意味もなくただ拷問するためだけにこの女はさらわれてきて、そしてそうした女が何人もこの建物にはいるのだった。
叫び疲れたか、女の反応が薄くなってきた。私は、そろそろ狂うのではないかと思って、再び様子を窺ってみれば、実際女は狂いはじめていた。しかし男たちは拷問の手をゆるめず、ついに女は正気を失った。潮時だと思った私は、ここから離れることにした。見つかれば、きっと私も彼女と同じ目に合わされるだろう。だから、そっと、そうっと、這うようにして部屋から離れ、建物から出た。
そこには緑も鮮やかな風景が広がっていて、左手には湖、見事な芝生に覆われた丘は緩やかに斜面をなし、右手には整えられた植え込みが長く続いていた。その植え込みをかき分けるようにして私は駈けた。湖畔を見れば、白いワンピースを着た女達が何人もいて、それらは皆拷問の犠牲者だ。一人残らず気が違っていた。私の走る少し前方に、白服の女が両手を広げて、同じく駈けていた。私は彼女を追い越しながら、今自分は追われているのかも知れないと感じていた。足を緩めることもできず、振り返ることもまたできず、女達と一緒に真っ白な光の中を走り続けていく。