ダンサー・イン・ザ・ダーク

これほどに酷く、美しい映画もまた、ないと思う

原題:DANCER IN THE DARK
2000年/デンマーク/2時間20分

監督:Lars von TRIER
音楽:Björk
配給:松竹、アスミック・エース


 こんな酷い話しがあるだろうか。

 遺伝病によりいずれ失明する息子を持ったセルマは、彼のために故国チェコを棄ててまでアメリカに移住した。自分の視力が刻々と衰えることも偽って、彼女は工場と内職に日を送っている。アメリカに来たのも、辛い労働に耐えようとするのも、息子に目の手術を受けさせんがため、全ての希望をこの一点につないでのことだ。

 あまりにも不幸な現実に直面しつつも、彼女は自らの境遇も省みず、息子ジーンの存在と、心から愛するミュージカルだけを支えにして生きている。それが全て、そんなつましい生活。なのに、なにゆえ、これほどまでに過酷な出来事でもって、彼女を翻弄する必要があったのだろう。いたましさに身が切られる、二度とこんな思いはしたくないほどに。

 彼女にとって苦しい現実を忘れさせる手段として、ミュージカルは働きかける。日常の響きに音楽を聴き、美しい想像へと跳躍する彼女の能力。それは素晴らしい時間を垣間見させながらも、反面残酷な今を克明にする。一時の夢に過ぎないのならば、美しいという以外、なんの価値も持たない音楽になにができるのか。ここに、僕の音楽に対する懐疑は、反復し続けるのだ。

 しかしこの映画は、音楽があらゆるものを超克することを目の当たりにさせた。あまりに悲しく、理不尽な目に逢いながらも、セルマを救うものは音楽ではなかったか。彼女の支えである息子ジーンと出会い生まれる音楽は、文字通りセルマの白鳥の歌にして、あらゆる苦難を超え、現実を美そのものへと昇華させた。これほど美しい歌を、僕は知らない。

 しかし、そのようなラストダンスは見たくなかった。終わるその間際まで、たとえ劇を滅茶苦茶にぶち壊すとしても、安っぽい機械仕掛けの神の登場を待ったのはほかならぬ自分だった。

 終わりを断ち切られた歌は、終わりを見ぬままいまだ耳に響き、同じく終わりを断ち切られた僕はいつまでも嘆き続けるだろう。


評点:5


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公開日:2001.02.22
最終更新日:2001.08.29
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