原題:天使のたまご
1985年/日本/71分
監督・脚本:押井守
アートディレクション:天野喜孝
発売:パイオニア(DVD)
卵を抱いた美しい少女は、彼女自身が美しい夢だったのかも知れません。作り手の夢であり、それを見るわたしたちの夢。どこかに秘めている、憧れよりも遠く思い出よりも懐かしい夢を慕う自分自身を、彼女は夢見ているのだと思います。
夢は自身の範疇に世界をかこって、そのうちに留まり続けようとする力です。決して現実にはなりえず、うちに向かって美を醸成しつづける夢の夢であり続けることは、現実に顔を向けたわたしたちには、あまりにももどかしい体験でしかありません。それを現実のものとしたく思う意識は已まず、けれどわたしたちは未だその方法を知らぬまま。いつも性急に、手荒なやり方で夢を実現しようとして壊し、そのたびに嘆くばかりです。少女は、現実を超えてより美しい夢を、固い殻を通して見ながら、それを壊してしまうことを恐れているわたしたちのようです。
夢を壊したわたしたちは、あの日の夢を想いながら、再びまみえるときを待って彷徨するよりなく、穏やかな眠りを妨げられた夜を過ごすほかありません。代替品を手にしては、記憶のなかの夢とくらべ、気落ちし、次の夢へと移っていくのです。焦りが、手近にある粗悪なものに手を出させ、落胆は募る一方。反面、あの日の夢は記憶のなかで、美しさをいやましていく。夢自身が夢へと変化するのです。
思えば、はじめに抱いた夢は、うちにどんな世界を描いていたのでしょうか。よくよく思い返せば、ただそれは美しいものの表象に過ぎず、うちにはなにもなかったのではないでしょうか。割れた少女の卵は、殻だけを残し霧消したに違いなく、少年はそのうちにあると思われた世界を見ぬまま、立ち去らざるを得なかったはずです。
夢は、意識化できない美です。概念の相に降りることのなく、常に抽象の向こう岸に現れる、見ることのできない実体なのです。夢を語るには、夢をもって語るほかなく、その意味において、確かにこれは美しい夢でした。
評点:4
耳にするもの目にするもの、動かざるして動かしむるものへ トップページに戻る