ヒカルの碁

高みを目指す彼らは涙の粒に輝いている

『ヒカルの碁』1から13巻
ほったゆみ(原作)/小畑健(漫画)
(ジャンプ・コミックス)集英社,1999- 年。


 上を上をと目指すものたちは、なんと気高いのだろう。今の自分を越え、さらなる高みを目指そうとする心意気は、見るものの心をひりひりと焼き、引き込み、その昇りゆく姿を見上げ、陶然とさせる。

 主人公ヒカルは平安の棋士、佐為の魂に導かれ碁の世界に身を投じた。ヒカルは、プロ棋士を目指す少年アキラと出会い、佐為の打ち手によって負かしてしまう。アキラはヒカルの中に見た強敵を追うが、その追う相手がヒカルでないことを知り、落胆しプロの世界へと去っていってしまった。アキラが追い続けていたのは自分ではなく「佐為」。自分にアキラの目が向けられないことに悔しがるヒカル。アキラと同じ地平で戦えない自分に歯がみをしながらも、ヒカルは追う。苛烈な勝負の地平で出会い、ぶつかり、成長してゆく少年たちの姿は、凛々しく真っ直ぐで、純粋に美しい。

 思えば、自分にも上へ昇りたいと考えていた時代があった。囲碁のような勝負の世界ではなかったが、そこでは自分の腕がすべて。負けたくない、前へ進みたいとただ思っていた。毎日、一年を三百六十五日、数時間を練習に費やし、頭の中はそのことでいっぱいだった。電車のなかで譜を読み、日々を焦りの中に過ごしていた。
 だが、僕にはそれだけだった。なにが足りなかったのか今ではもうわかっている。生活のすべてを、生きている時間のすべてを捧げても足りなかったのに、僕には逃げがあった。甘かった僕の夢は、彼らの世界でいう院生二組の最下位層で破れた。破れて当然だった、僕は落後者だ。

 だが、ヒカルは、アキラ達は違う。負け、破れ、挫折を舐めたとしても、死線をくぐり、真っ直ぐの目で進んでゆく。ライバルが彼らを鍛え、立ち止まりそうな足を運ばせ、決して退こうとしない。僕とは違う彼らの姿に、僕は芯からうたれるのだ。
 ページをめくる毎、コマが、台詞が、彼らの一手が、僕の醒めた心を震わせる。そして、涙ぐまずにはいられない。


評点:5


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公開日:2000.10.19
最終更新日:2001.08.29
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