『派遣社員松島喜久治』1から2巻
ふじのはるか
(MANGA TIME COMICS)芳文社,2001年- 。
ひとつところにとどまらず、常に新しいなにかとの出会いを探している男。それが松島喜久治、さすらいの派遣社員である。ベテランの彼の行く手には困難あり試練あり。けれどそれをそれと思わせないのは、喜久さんのマイペースさと対人スキルの高さのせいかも知れない。派遣先で起こる出来事は、ハードなものであってもどこか楽しく和気あいあいとなる。だけど時にはほの悲しくってなによりちょっと変で、これが地位や安定よりも自由を選んだ喜久さんの味なのだろう。彼の周りは凛としてそして暖かく、居心地が良いに違いない。
暖かいのは喜久さんだけではない。喜久さんを取り巻く人々、妻の千歳さんや派遣会社の江波氏、そして時々の同僚達、みなが喜久さんのよさを分かって、それぞれのよさを持っている。問題もある、困った人もいる、けれど基本的に前向きに健全な人たちだ。問題も楽しみも抱えて、それらを糧により新しい自分へと向かうことのできる人たちばかりである。みなひとかどの人生の達人というわけだ(とりわけ千歳さんの爛漫さは他の追随を許さない)。いろいろに一生懸命で、人間関係も含めて多くを楽しめるのなら人生はやはり素晴らしい。実際にこんな職場があるのなら働いてみたいという暖かさにあふれている。
けれど、この漫画が現実を描いていないことは分かっている。擦れ枯らしの乾いた現在を生きる我々にとって、喜久さんたちの生き方は求めてやまないファンタジーなのだ。自由がいい、けれど安定は捨てられない。うまくいかない人間関係もやりきれない仕事の憂さも、目の当たりにすれば怯まずにはいられない現実だ。だからこそ、目前の困難に逃げず立ち向かう喜久さんを自分のよりよい明日と夢見て、読めばちょっと励まされてしまう。頑張れる気になってくる、自分も少し当たり前を外れていいかも知れないと思えてくる。さすがに自分も派遣でとは思わないけど、しなやかな元気が湧いてくる。
評点:3+
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