ぽっかぽか

普通の生活を普通に過ごす仕合せ

『ぽっかぽか』1から11巻
深見じゅん
(ユーコミックス)集英社,1988- 年。


 元来、高望みや競い合うのが嫌いなたちで、だから足る分があればそれで仕合せ。人の噂に疎く、策謀の類いは面倒くさく、ブランドも高級レストランも、休日ごとのリゾートにも興味はない。日々の暮らしの中に楽しみを見いだし、それを誰かと分かち合いたい。ただそこにあなたがいれば充分。こんなことを考える覇気に欠けた僕は、自分を世間的に希少な種だと思っていた。だけど、それは多分間違い。だってこの漫画には、僕のものと同じ価値観が静かに息づいている。そして多くの人が、この漫画を支持している。

 ぽっかぽかはテレビドラマ化もされたので、そちらで知った人も多いだろう。ちち、はは、あすかの田所家三人家族のお話。取り立てて特別なことや劇的な事件は起きない、あくまでも日常に根差したお話なのだけれど、ささやかな日常的出来事の連続が有機的に絡まりあって、身近の大切なことが明らかになる。これはちょっと在りがたい、気付きの追体験だ。

 この気付き体験を支えているのはなんだろう。鋭い視線だろうか? それとも明晰な意思? 残念ながら、そのどちらとも違うのだ。気付きのむこうには、田所さん一家の、おこることごとを自然に受け容れる、素直でまっすぐな心がある。時に迷いも、焦りもするけれど、自分の心が求める声を無下にしない細やかな心配りがあるのだ。飾りがない、嘘もない。自分に素直に、自分の愛したい人に素直に、その純粋な情愛が気付きの物語を支えている。

 日常をありふれたつまらないこととして、過剰な刺激を求めることは簡単で、そういう生き方がもてはやされた時代もあった。けれど日常は、ありふれているから価値がないのではなくて、気付きさえすれば素晴らしいことがあふれている。多くの人はもうそのことを知っているし、できればそう生きたいと思っている。そうした人が広く世間に関わることで日常の価値が反響するなら、世界はもっと喜ばしいものになるだろう。


評点:5


耳にするもの目にするもの、動かざるして動かしむるものへ トップページに戻る

公開日:2002.03.15
最終更新日:2002.03.15
webmaster@kototone.jp
Creative Commons License
こととねは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示 - 継承 2.1 日本)の下でライセンスされています。