街角花だより

日常はこうもいとおしい

『街角花だより』
こうの史代
(アクションコミックス)双葉社,2007年。


 『街角花だより』が刊行される。この知らせを聞いたとき、私はそれこそ小躍りせんばかりに喜んだ。好きな作家の、ずっと読みたいと願ってきた漫画がようやくこうして一冊になった。よかった。本当によかった。

 こうの史代が『街角花だより』を描いていたとき、私はまだこの人を知らずにいて、購読しはじめた雑誌に掲載されていた『街角花だより』の最終回。私は気にも留めなかった。そう、私はぎりぎり間に合わなかったのだ。その後『ぴっぴら帳』でこうの史代に決定的にはまった私は、件の最終回にまで遡って、けれどその先を読むことはかなわない。ずっと心残りだった。花屋の漫画、何気ない日常に心を映しだす大ゴマの魅力に参っていた。どたばたとしたギャグ交じりの慌ただしさに、ふと心を捉える優しく温かな言葉の力――。多分私は悔しかったんだと思う。行き交う言葉に人の思いはあふれ、小綺麗さとは無縁のペンタッチが無性に人の息吹を感じさせる。なのになにも知らない。店長のこと、店員のこと、そして店のこと。なにも知らない。その知らないことが悔しかった。

 初めて通しで読んだ『街角花だより』は、実に幸いな漫画であった。つくづく思うのはこうの史代の日常を描くその力で、これといってドラマにもならないような普通の日であるのに、この人にかかるとそれがなんだか特別になってしまう。ファンタジーがある。あっと思いがけない仕掛けがひそんでいて、日常を少し違えてしまう。この魔法は、店員りんの荒っぽくも思いやり深い性根と店長の温かくもしたたかな性分がためだろうけれど、しかしその本質は作者に発するのだと思う。二人を見つめるまなざしの確かさ。その視線の向こうには、日常を愛そうとする心が、人、町、世界をいとおしくそっと抱き取ろうとする思いが感じられて、そしていつしか私も同じ思いで世界を見つめようとしていることに気付く。自分の心に仕合せが満ちていると気付くのだ。


評点:4+


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公開日:2007.03.12
最終更新日:2007.03.12
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