『マンガ能百番』
渡辺睦子著,増田正造解説
平凡社,1986年。
能といえば、やたら小難しい芸術と思われていたりして、見ても聞いても訳の分からないもの扱いされることもしばしば。だが、この評価って妥当なのだろうか? 本当に能って、訳分からない代物なんだろうか?
この問いには一方でそうだと、また一方では違うと答えなければならない。というのも、あくまで能楽は室町初期に大成した古典であり、われわれが暮らす現代とは言葉とその用法、背景となる文化や価値観が異なっている。そもそもの前提となる理解、約束ごとの通じないこともあって、分かりにくいという評が一般に立つというのも至極もっともなことだ。しかし、能自体及びそのストーリーに関していうなら、少々状況は変わってくる。というのも、やはり人間の考えることである、たとえ五六百年たったといっても、さして大きく変わろうはずもない。能楽のおおもとに流れる意識や感情も、現在に生きるわれわれに綿々と通じるものなのだ。
このおおもとを理解することさえできれば、能の底にあるなにかに触れることも可能というもの。じゃあ、それはどうすれば知れるのかといえば、やはり解説の類いをひもとくべしとなる。そこでお勧めなのが、本書である。
表題にはマンガとあるが、いわゆるストーリー漫画とは趣を別にしている。見開きに淡々と場面説明が連ねられ、むしろ絵解きといった感が強い。絵はけれん、大げさといったものとは無縁の単純なもので、その愛らしさと現代的比喩の大胆さが、能の根本を、感覚にしっとりと伝えてくれる。必要最低限に切り詰められた筋の説明は、舞台上のことへの豊かな想像を促すものだ。
しっかりと能を理解、勉強したい人にとっては、少々不足であるかも知れない。だが楽しみとして能に触れたいと思う向きには、むしろ充分。無用な先入観を抱かせず、簡潔にまとめられた解説も面白い。すべてが、実に絶妙のさじ加減で調理されている。まさに、バランスの勝利といえる一冊だ。
評点:4
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