「浪漫葡萄酒」,『田渕由美子作品集2 こさあじゅ』所収
田渕由美子
(集英社文庫)集英社,1996年。
秘密の共有は、二人の間に強い結びつきをもたらすのだけれど、その秘密というのが人をだますものだった場合、多少なりとも心苦しさもあるものだ。それが、心優しい者ならなおさら。
小督まみ――本名田中磨美子は、ひょんなことからワインのCFモデルに抜擢されて、人気急上昇中。抜擢の理由は彼女の素朴さだったのだが、それは見た目だけのものではなかった。素朴に地味を重ねた彼女が持った秘密とは、年齢についてのものだった。二十五のところを十八という。それだけのことだったが、それでも人をだましているという事実は彼女を苦しめるに充分だった。
仕事で彼女に出会って吉行は、まみの雰囲気、面影に思い出されるなにかを感じた。後に知人より知らされた秘密によって、磨美子が自分と同級だったことを思い出す。昔と変わらない、不器用で間の悪い磨美子に吉行が引かれていったのは、彼女の頼りなげなさまにほだされたわけでも昔を懐かしんでのことでもなく、ひとえに彼女の優しさと無邪気さに癒しを感じたためだろう。気を張らず、肩ひじも張らず、自分のテンポで歩ける理想の世界を、彼女のそばに見つけたからに違いない。
最近でこそ素朴への共感は強まっているが、しかしなお世の趨勢は地味よりも派手、素朴よりも豪奢といったところだろう。生き馬の目を抜くような競争社会においては、昔も今も押しの強さに欠けるものから押しのけられ、埋もれていく。人間の、人間らしさに拘泥しているようでは駄目で、抜きんでるためには人間の機構化、商品化をあえて推進できるほどでなければならないのだ。そんな砂を噛むような経験に疲れたものから、素朴さに傾倒するのも当然だろう。
あからさまな商品化に、その人間性を疎外された磨美子を助けようとしたのは、吉行ただひとりだった。彼にとっての磨美子は理想にして、人間性の女神そのものだった。彼は彼女を助けることで、彼自身の真正をも救っていたのだ。
評点:3
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