『すべてに射矢ガール』全五巻
ロクニシコージ
(ヤンマガKC)講談社,2001-2002年。
頭に矢が刺さった女の子の出てくるラブコメ。そういえば平凡と感じられるけれども、この漫画はその平凡の域には止まっていない。なにしろ、その矢の持つ効果が絶妙。おそらく矢のために排斥され、全人格を否定され続けてきただろうヒロインの、堂に入ったいじけぶりと矢に対する屈折した感情が、コンプレックスの正体を明晰に指し示している。吹っ切ったと思うごとに頭をもたげすべてを否定してゆく憎々しいものだのに、あまりに自身と不可分であるため、捨てるに捨てられない愛しいなにかのようでもある。忘れられるものはコンプレックスといわない、捨て得るものもまた然りだ。その意味で、あすみに刺さる矢はコンプレックスそのものだ。
その虫のようなあすみが、彼女に興味を持った少年、山田に関わっていくことで、徐々に開かれてゆく。質が一定しないために時に粗っぽく、時に冗長すぎることもあるが、基本的にあすみの世界に向かい合ってゆくプロセスは丁寧で、いじらしさと切なさがないまぜになって胸に迫ってくる。山田のあすみに対する屈折した感情も、妙に真実味があってうなずけるものだ。二昔前を思いださせる素朴でちょっとへたっぴな絵が、この話に合った優しい雰囲気を持っていて、僕は好きだ。
だが、問題がないわけでもない。言わんとすることは一巻ないし二巻で出尽くしているのに、結論を先送りしながら同様のエピソードを無用に費やすことで、非常な停滞感、中だるみ感が出てしまっている。男性中心的視点に彩られた、都合のよすぎる展開もげんなりする。加えて、型にはまりすぎ形骸化したかのような筋、台詞が散見されるところに鼻白むこともしばしば。この作者に独特の言語感覚も見られるだけに、この点は残念であった。
とはいえ、重くなりがちなテーマがわかりやすく、また楽しげな雰囲気の中に浸透している佳作。古くささもあれど、決して古いばかりだけではない魅力が確かに感じられた。
評点:3+
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