『ストップ!! ひばりくん!』全四巻
江口寿史
(ジャンプ・コミックス)集英社,1982-1984年。
美人姉妹の家に居候する耕作少年をめぐるラブコメディ。といえばありきたりな設定なのだが、そこに少し一筋縄では行かない設定が紛れ込んでいる。それは身を寄せた先が極道だった、――ではなくて、ヒロインであるひばりが男であるということだ。
今でいえば性同一性障害とでもいえようか。しかし当時はまだそういう時代ではなかった。冗談、遊びの範疇においては成立するおかまという設定も、世間に出ればもちろん受け容れられるものではなく、つまりはそんな時代に、ヒロインはおかまであって、あまつさえ主人公との間にラブコメディを成立させようとしていた。タブーが強力であるだけギャグとしては扱いやすかったのかも知れない。だが果たしてこれをギャグとしてだけ見ていていいのだろうか。
というのは、始まった当初こそ「おかま=変態」という図式でもって語られていたが、耕作とひばりが理解しあってゆくなかで次第に初期の図式は薄れて、純粋に恋愛ものとして成立する兆しを見せていたからである。確かに耕作は男であり、ひばりも男であり、それがため生ずる葛藤が物語の軸となり、またギャグの足場としても機能するのであるが、後期に至って葛藤は、ギャグとしてではなくむしろシリアスでさえあるのだ。ひばりを愛し始めているのは確かであるのに、彼が男であるため自ら認めることができない。この劇的葛藤を止揚することができれば、本作は紛う方なき傑作となったことだろう。
だがこの話はエンディングを迎えることはなく、ひばりの秘密を知ったライバルの出現、物語はこれからというところで中断されている。このまま進めば、耕作とひばりはくっつかざるを得ない、しかし――。思えばこれがあの時代の限界だったのだろう。作者も耕作とともに葛藤していたのではないだろうか。
けれど、この優柔不断のなかにアウトローに向ける優しい視線がある。だから僕はこの作品を、未完成なれど好きであるのだ。
評点:3+
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