サイバラ式

偉人西原理恵子伝、あるいは入門書ともいえるかも

『サイバラ式』
西原理恵子
(角川文庫)角川書店,2000年。


 なんといったらいいのか分からない。西原理恵子が貧乏を怖れ、そこから脱そうと努力を続けたハングリー精神の人ということは後書きにもう書かれてしまっている。強烈な個性と強烈な悪態にまみれた、それこそ良識ある人なら眉をひそめずにはいられない漫画を描く人なんだけれども、そのおおもとには愛されたいけれど愛されない人の悲しさがあり、粗暴な表現の向こうに、情愛という感情に素直になれない人の姿が透けて見えている――ということも昔書いた。だったらこの本の意味というものは、その分かりにくい西原理恵子という人の基本を万人に分かりやすく説明してくれる、良い子向け伝記というところにこそある。この本には、かつて日本人の好んできた、努力によって貧乏という苦難を乗り越える偉人の姿がある。悪くいえば、様式美なんだけれども。

 だが、それが様式的すぎるからといって悪いといいたいわけではないぞ。僕は西原という人を詳しく知らないが、きっとこの本に書かれた苦労は一通りしてきているのだろう。貧乏の中に学生生活を送りながらも、自分の目指す方向に進もうとする意思から逃げなかった彼女の談話の価値は、決して他の偉人、苦労人の伝に劣るところではないと信じる。むしろ、学校を出たら自動的に仕事が寄ってくるという甘い考えに、苛烈に攻撃を繰り返す彼女にこそ共感する僕なのだ。自分も含め、現状に不満を抱きながらも、生温い現在を固守するばかりで攻勢に転じない腰抜けにこそ突きつけてやりたい一冊である。

 とはいっても、この本から感じられるのは、優しく暖かな心地よさなんだな。対話形式で書かれているのも、その雰囲気に一役買っているのかも知れない。ややもすれば泣き落としになりやすい苦労話を、あっけらかんと明るく、何気ない口調で語る。ここに西原という人の大きさが見えないだろうか。

 この本は西原理恵子理解への入門書だ。クリエイター志望なら、一度は読んどけ。


評点:3


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公開日:2002.06.17
最終更新日:2002.06.17
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