動物のお医者さん

果てしない憧れ、でも運命はそこになかったのだな

『動物のお医者さん』全十二巻
佐々木倫子
(花とゆめCOMICS)白泉社,1989-1994年。


 面白い漫画を探している知人がいたので、僕はこの漫画を薦めたのだった。淡々としたなかに、巧みに常識と非常識の間隙を縫ったおかしみがある。出てくるのはちょっと世間からずれた人ばかりだが、悪人は決しておらず、またなにかに守られるかのように、不幸悲劇の類いとは縁遠い。佐々木倫子の描く世界はどこまでも優しく、安心して楽しんでいられる。ただ、迷惑は星の数だけれど。

 だがその迷惑を含めてなお、僕はこの世界に憧れる。そこには破壊力に長じた教授がいて、周辺を今日も翻弄している。残念なことに僕の学生生活には漆原教授的性質を持った教員はただの一人もおらず、そもそも専門が文系まっしぐらのうえ、文献学的アプローチに出た僕に、ハムテルや二階堂の過ごしたような共同作業的時間があるはずもなかった。だから、僕は学校を出て今もなお、H大への思慕を捨て去ることができずにいる。

 本作の連載が始まったのは、まだ年号が昭和だった頃だ。ほどなくして時代は平成に推移する。僕はまだ高校生であり、まわりの漫画好きの女高生の間でこの漫画がはやっていた。それは決して誇張などではなく、まさに一世を風靡するかの勢い。だがなんの運が作用したのか、その時僕はこの漫画を読んでいない。僕がこの漫画を手に取ったのは、大学四年のゼミでだった。一時に僕ははまり書店の棚を一列空け、今から思えば、この出会いの時期が僕の人生を分けている。

 もし僕が高校時分にこの漫画と出会っていたら―― 当時の僕は、今の僕と同様進むべき道に迷っていた。結局消去法で今に至る道を選んだ僕だが、今僕の持つH大への憧れがあの時代にあったなら――、僕はきっと北海道に学生生活を送ったかも知れない。

 僕の人生には獣医という選択肢はなかった。それが幸か不幸かは分からないが、現実に楽園は存在しないのがこの世の常である。憧れが憧れとして美しく彩られている今こそが、仕合せなのかも知れない。


評点:5++


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公開日:2002.05.15
最終更新日:2002.05.15
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